アヴァロン 二章 接近
13
不自然な曲がりを見せ、ぱんぱんに腫れ上がった男の腕を確認するとマイロは眉を上げた。おもむろに呪文を唱え始めるが声が震えるせいで少し手間取る。
「レザレクション」
最後の発動の言葉を口にした瞬間、男がぴくりと肩を揺らしたことにマイロは少し身構えた。が、男は現れた癒しの光に目を細めるだけだった。見る見るうちに腫れが引いていき、赤黒くなっていた肌の色も健康的なものに戻っていく。治癒の完成と共に光も消えていった。
「何度見ても不思議なものだなあ、治癒の術とは」
男は深い溜息をつき、腕を上げ下げしたり手を握る動作を繰り返す。そしてマイロの顔を見た。
「助かった。このままじゃ詰め所の治癒者に手荒い治療受けるはめになってたぜ。気絶する程酷いんだ」
「……そりゃ良かった。次はあんたの番だろ」
マイロの微かに震える声に男は「悪い悪い」と言いながら部屋の奥へ歩いていく。男の手招きにマイロとフリュカもついていく。奥まったスペースに木の小さな丸椅子が幾つか散らばっており、中央に持ち運び出来るタイプのストーブがある。男は簡易食が乱雑に入った棚からマッチを取り出すとストーブを開け、中に火を放り投げた。
急に暖かい空気に包まれるなんてことはもちろん無いが、火の姿を見ただけでほっとする。
「ちょっと待っててくれ」
そう言い残して奥に入っていった男が戻ってきた時、手に持っていたのは一着の衣服だった。畳まれた状態でも分かる。これは制服だ。警備兵の中でも下級兵士が身につける物だった。男の真意が読み取れずにマイロは固まる。
「一つ確認させてくれ。君らは何の用でここに来た?」
男の質問にフリュカが立ち上がろうとする。マイロはそれを手で制した。
「仲間を助けに。俺の仲間がタイバーンにいる」
男の目を見据えてマイロははっきりと宣言した。フリュカが戸惑った視線を投げかけてくる。しばらくの沈黙の後、男は黙って衣服を差し出してきた。
「着てくれ。そんな成りじゃストーブに噛り付いていても意味ないだろう?・・・…終わったら話をしようか」
マイロは深く頷くと、フリュカに向かって「向こうむいてろ」と声を掛けた。一瞬首をかしげるフリュカだったが、マイロが上着を脱ぐと慌てたように後ろを向く。
「少しデカイか?」
「いや、何とかごまかせる範囲かな」
男の質問にマイロはベルトを思い切り締め上げて見せる。袖口を直しながら男の顔を改めて見た。その視線に気がついたのか男はじっと目を合わせた後、ストーブに目を落とした。
「俺の妹もタイバーンにいる」
「……まあ、そんな事だと思ったよ」
マイロは正直な溜息を漏らした。もう一度男の顔を眺める。何処にでもいそうな警備兵。太い眉の間に出来たばかりに見受けられる疲れたような皺。この男の妹がタイバーン行きになるような重犯罪者だというのだろうか。
「妹は占い師だったんだ。とは言っても、日に一人でも客がつけばいい方、っていうような……街角にひっそり立つ存在だよ」
男はぽつりぽつりと話し始める。
「生まれた時から勘がいい奴だった。明日は雨だよ、とかあの人には気をつけて、とか今日は重要な判断をしないようにね、なんてアドバイスを俺にもよくくれた」
程度の差はあれ、マイロは自分に近い能力だという印象を持つ。興味を持つと同時に胸がざわついた。
「ある日、妹がいつものように『明日は雪よ』なんて天気の予想をした。俺は軽く仲間に話したんだ。……そして実際に次の日、雪が降った」
男はストーブの火に手を当てる。中々続きを話さない男に、マイロは毛が逆立つのを感じた。
「まさか、それだけで……!?」
マイロの掠れた声に男が頷く。フリュカが戸惑ったようにマイロと男を見比べる。
「俺があんたに火と服を与えたのはそういう理由だ。今、この国は狂い始めてる。いや、知らないところで狂っていた、の方が正しいのかもしれんが」
男の話の後、ストーブからちりちりという音がする。続いて先程見てきた浄水装置のボーというような鈍い音も聞こえてきた。
「……それで、俺が仲間を連れ出すのと一緒に妹を連れて来い、って話しか?」
マイロの言葉に男は意外にも首を振った。
「一番入り口に近い受付のある詰め所には、緑色の木で出来た札がいくつも掛かってるボードがある。その札を見てきてくれ。妹の番号は『1795』。これが裏返しに……赤い状態にされていたら、妹はもういないんだ」
マイロは返事が出来なかった。きっとこの男にどちらの結果を伝えても、男の反応は一緒だと思った。
「制服の奴だろうと持ち場以外の奴がうろついてたら尋問される。あんたみたいな綺麗な顔の兵士なんかいないしな。でも一般の奴だとしたら問答無用で応援を呼ばれるだろうが、制服の人間がいたらまずは質問してくるだろう?」
男は苦笑する。それでもいい。ハードルがほんの少しでも下がった事に、マイロは男にお礼を伝えた。
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