二章 猫はもてなしがお好き
魔女っ子、捧げられる1
 先頭にフロロを置く列に追いつく。ローザが土の壁を指でなぞり、呟いた。
「中は土壁なのね……」
「自然洞窟なんて言ってたが、洞穴みたいなところを後から掘り進めていったんじゃないか?」
 アルフレートの言葉を聞いてわたしも壁に手を触れる。ひんやりと冷たく湿っている。何か掘り起こす目的の物があるのか、単に居住スペースの為なのか。木の根が走っている箇所も多い。これのお陰で崩れないでいるのかもしれない。
 ふと、先頭を歩くフロロが足を止めた。
「二手に分かれてるぜ。どうする?」
 小さな手が指し示す通り、先が二手に分かれている。両方とも道幅は狭くなり、明かりも見えない。
「右はちょっと下ってるな。左は逆に上ってる」
 フロロが足で地面を擦るような動きを見せる。下り……ってちょっと嫌かな。
「『左手の法則』とか言うじゃない。左に行かない?」
 ローザが左の道を指差した。
「それは左に行けば正しい、とかいう意味じゃないぞ?」
「し、知ってるわよ」
 アルフレートとローザが言い合う後ろからヘクターがフロロに声を掛ける。
「ゴブリンの声はまだする?」
 フロロは頷き答える。
「うるさいのは左だな。音が反響しまくってて分かんないけど」
 じゃあ左に行くか、という空気になる。ゴブリンに会いにきたわけではないが、サイヴァの紋章を掲げるモンスターをそのままにするわけにもいかない。
「なんかじめじめすんなー。当たり前だけど」
 フロロがぼやくように周りの空気がひんやりして湿っているのだ。土の中を歩いているようなものなのだから当たり前なんだけど、足元もぬるぬるしていて不安定だ。
「不安になってきたわ……歌いながら行かない?」
 ローザの提案をアルフレートに拾われる前にわたしは首を振る。
「来襲を知らせてどうするのよ……」
 ローザは「そ、そうね」と前を向いた。綺麗な白のローブが揺れるのを見て、汚れたらもったいないな、と思ってしまった。
 脇道も現れないのでそのまま進み続けていると、またフロロが足を止める。
「……火の匂いがするな」
 火の匂い、と言われてもわたしには変わらずひんやりした土の匂いしかしない。わたし達が明かりに使っているのも魔法の光だ。
「居住空間が近いんじゃないか?」
 アルフレートの言う通り、ゴブリンの住処となっている所に近いのかもしれない。それよりもわたしには気になることがあった。
「なんかさ、下りになってきてない?」
 踏みしめる地面が先程までは上り坂だったのに、少しずつ下りに変わってきている気がする。フロロがわたしの方に振り返った。
「やっぱそうだよな?……なんか嫌な造りだなあ」
 また暫く進むとフロロの予感は当たってしまった事が分かる。太ももにかかる負担がかなりきつい下り坂になってきてしまったのだ。その上道幅が見るからに狭まってきている。
 今にも転げてしまいそうな足を見ながらわたしは口を開いた。
「戻らない?」
 二手に分かれた道の片側を思い起こす。しかしフロロは速度を緩めながらも渋い顔だ。
「ゴブリン共の声が大分近いんだよな……。何でこんなところに住んでるんだか」
 その時、首筋にぴとりと水滴が掛かる。「うわ」と呟き、反射的に首に手を伸ばした。
「こうもりの糞じゃないか?」
 アルフレートの声にぞっとする。が、天井を見上げてはっとした。
「こ、こうもりなんていないじゃん!」
 かっとして足を踏み出す。すぐにしまった、と思うがもう遅い。ずるりと足を滑らせて、お尻を地面に打ち付けた。と思ったら、
「ひえ!?」
そのまま体が下へと滑っていく。
「リジア!」
 誰かの叫びがあっという間に聞こえなくなり、ざざざ!と滑る体は止まってくれない。
「のおおおおおお!」
 その叫びは狭い空洞に木霊し、落ちる速度に恐怖する。真っ暗闇を突き進むだけの感覚に気を失いかけた時、急激に視界が開け、ざ!と空に投げ出された。
 ふわりとした浮遊感は一瞬のことで、次の瞬間にはがしゃん!というけたたましい音と共に背中に激しい痛み。
「あ、く……」
 息が詰まる。暫く無言でのた打ち回るが、周りの明るさにはっとして顔を上げる。
 ゴブリン達がわたしを見上げている。つり上がった目に歪な鼻、鋭い八重歯が覗く口元といい本でみたゴブリンそのままだった。が、ぽかんとこちらを見る顔は揃って間抜けに見える。
 ぱちぱちと爆ぜる音がする。振り返ると巨大なサイヴァの紋章が洞窟の壁に彫られていた。その前に赤々と燃える大松明が固定されている。
 ここって祭壇なんじゃ……。わたしを幾重にも取り囲む数のゴブリンが揃って頭上にこちらを見ているのだ。
「ギイ……ギイ!」
 耳障りな声が一つ上がるとそれに反応するように大合唱になる。立ち上がろうとした足元、ブーツの踵がカチ、と金属音を立てた。その音を不思議に思い、下を見るとわたしが乗っているのは大きな銀のプレートのような物だった。
「ギギ、ギグギグ」
 判別出来ない呟きを漏らしながらわらわらとゴブリン達が近づいてきた。恐怖で固まっていると、ぐい、と体が持ち上がる。数人掛かりで銀のプレートを持ち上げて、わたしを乗せたまま移動していこうとする。
「え、ちょっと!待った!待って!嘘嘘嘘!」
 向かう先が大きな炎を上げる大松明だと気付き、わたしは悲鳴を上げた。
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