二章 猫はもてなしがお好き
口開ける魔物の巣2
 バレットさんの手書きの地図を頼りに、この辺かと思われる場所を隈なく探していく。地図と周りの景色を忙しくなく見る動作に目が回ってきた。
 始めはハイキング気分でいい気持ち、などと思っていたのだが早くも町の景色が恋しい。土踏まず辺りに違和感を感じてきた時だった。
「あ!あれじゃない?」
 わたしが指差すのは山の斜面にいきなりぽっかりと開いた横穴だ。直前までの緑いっぱいの景色と違い、この辺りは灰色の岩で覆われている。洞窟の入り口は巨大な岩のお化けが大口を開けているように見えた。大きさはトロール一頭分ぐらいだろうか。中は暗く、入り口付近の様子しか伺えない。
 入り口の前に来ると、
「ちょっと待った」
 フロロがすっと音無くヘクターの肩から飛び降りる。そのまま地面に這いつくばり、猟犬よろしく付近を調べ始める。続いて洞窟の入り口辺りの壁を見ると満足げに声を漏らす。
「ふんふん……」
「何かわかった?」
 ヘクターの問いかけにフロロはしたり顔で振り向く。
「ゴブリンの巣になってるみたいだね。見張りはいないみたいだけど、中から声も聞こえるぜ」
 わたしも耳に手をあて音を拾おうとするが、もちろん何も聞こえない。
 知能レベルは低いとはいえ、一応集団生活を営み道具の使用の知識もあるゴブリン。通常はこういった住処の前には見張り役なんかを置いてる場合が多いのだという。人間を見れば襲い掛かるような彼等は、彼等からすれば人間が敵だからだ。わたしは本でみた赤黒い肌の悪鬼を思い出し、ぶるりとする。
「縄張りの跡もあるな」
 アルフレートが一本の木を見て言うのを、ローザは後ろから覗きこみ露骨に嫌な顔をした。わたしも近づき覗き見る。
「サイヴァの紋章ね」
 黒十字を丸で囲んだ紋章。歪だが力強く、木の表面に刻み込まれている。この世の混沌を司ると言われる邪神のシンボルである。サイヴァは邪神の中でも一番メジャーな存在である女神だが、人間社会では信仰を法律で禁止する国が大半だ。此処ローラスでもそう。神殿や集会場の建設はもちろん、信仰自体も厳しく国の法で禁止されている。
 しかしゴブリンのようなモンスターの間ではなかなか人気の神様ということで、このように自分たちの巣穴に、表札のようにシンボルを掲げることが多いらしい。
「ポゼウラスが生える洞窟、っていうのもここで合ってるのよね?」
「だと思うよ」
 ローザの問いにわたしは地図を睨みつつ答えた。
「じゃあ……入るしかないわね」
 ローザの声は少し不安そうだ。後ろを向けば日差しが木々を照し、光がきらきらと輝く何ともきれいな景色だというのに、この真っ暗闇に入り込まなきゃいけないのか。
 アルフレートが無言でフロロに指を振る。フロロは「はいはい」と言いながら洞窟内に足を踏み出していった。そのすぐ後をアルフレートが続く。アルフレートが光の精霊を呼ぶ声が聞こえ、闇の中にふわりと光が浮かび上がった。
 それを見たイルヴァが続こうとすると、
「や、やあだあ、置いてかないでよ……」
ローザが引っ付いていく。
 も、もうちょっと心の準備とか欲しかったなあ。せめて「オッケー?」とか聞いて欲しかった。
 そんな事を考えながら踏み出すのを躊躇していると、ぽん、と肩をたたかれる。ぎくりとして振り返る。するとヘクターがいつものように微笑んだ顔をわたしに向けていた。
「俺が最後尾になるから、リジアはその前にいてもらえる?」
「え、ああああ……う、うん」
「あと、後ろにも明かりが欲しいな。何かないかな?」
 明かり、と言われて一瞬頭が真っ白になるが、先程のアルフレートの詠唱する声を思い出す。するすると紐が解けるように『ライト』の呪文が頭の中で完成していった。一呼吸してから精霊を呼び起こす呪文を実際に口にする。
「ライト」
 一つの光の球がわたしの頭上に輝いた。ヘクターが「おお」と感嘆の声を上げる。やってて良かった、毎晩の詠唱練習。
「リジア、まだー?」
 すでに洞窟内を歩いているローザから声がかかる。
「さ、行こう」
「うん!」
 ヘクターに返事をし、わたしは緊張が大分解れていることに気が付いた。きっと不安が顔に出ていたのだろう。それに気付いて解すきっかけを与えてくれたのだ。
 すごい、と素直に思う。わたしは色恋など関係無しに、ヘクターのことを尊敬してしまった。
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