二章 猫はもてなしがお好き
リーダー最初の試練2
 その後も「どっち?」と聞くたびにフロロが適切な道を教えてくれる。バレットさんが持たせてくれた地図を見ると少々迂回した形になったりもしていたが、すぐに元の道に戻ってくるのが不思議だ。
「モロロ族がこんなに耳良いって知らなかったよ」
 ヘクターが頭の上にいるフロロに言う。するとその彼の頭をぽんぽんと叩きながらフロロはにやりと笑った。
「俺と組むメリット、分かったかい?」
 肩車される分際で偉そうな、と脇から思う。
 徐々に道が広がってくるにつれ、頭の上を覆っていた木の葉や枝も開けていく。登りきった太陽から足元を照らす光と心地好い暖かさがもたらされていった。冒険というよりハイキングを楽しむのような気分になってくる。
 フロロが何も言わなくなったので、地図通りに歩き続けること暫し、
「朝早かったから眠くなってきちゃったわあ」
 ローザが欠伸する口を手で覆った。するとイルヴァが立ち止まる。「何?」と口を開こうとした時、耳に聞こえてくる音があった。
 ざざざ!と木の葉をかき分けてくるような足音だ。恐怖を感じた時には既に、黒い影が脇から飛び出してくる。
「コボルトだ」
 ヘクターがロングソードを抜き、フロロが飛び降りる。目の前に飛び出してきたのはわたし達よりも数の多い集団。犬のような顔をしているが二足歩行で、短く細い手足は人のそれよりも歪で不気味に見えた。フロロより少し大きいくらいしかないが目が爛々としていて怖い。
 実はモンスターと間近に対面するのは初めてというわたしは固まってしまった。彼らの手に持つ汚いナイフを見て喉を鳴らす。
「うわ!」
 ヘクターの驚いた声と同時に、ふ、と黒い物体が鼻先を掠める。遅れて襲ってくる風圧に、イルヴァがウォーハンマーを振り回したのだと気付いて腰を抜かす。コボルトの集団の中心に振り下ろされたウォーハンマーが地面を揺らした。ぼごん!と鈍い音を立てて地面にクレーターを作る。
「いやああああ!」
 ローザの野太い悲鳴はコボルトに向けてではない。仲間の存在を忘れたかのようにハンマーを振り回すイルヴァから、コボルト達も含めて全員が離れていった。
「なんだあいつは!迷惑な奴だな」
 アルフレートが舌打ちしながら走り去る。わたしも出来るだけ遠くに離れたいのだが、足に力が入らない。だって!一歩間違えればわたしの頭がぼごん!って!
 腰を抜かしたままの体勢で後ずさる、という情けない動きをしていた時だった。
「ん?」
 手に何か柔らかいものが触れる。しゅるしゅる、という聞きなれない音と共に顔の前に現れたのは銀色の長いものだった。ちろり、と赤い舌がわたしの鼻をくすぐる。思考停止状態の中、嫌悪の感情だけ爆発した。
「ぎゃああああああ!」
 わたしの悲鳴に目の前の銀色の物体は動きを止めるが、「シャー!」と大きな口を開けてくる。蛇だ、大蛇だ、毒蛇だ!と、再び悲鳴を上げそうになるが、すぱん!と景気の良い音と共に蛇は倒れる。光るロングソードとヘクターの顔が見えて安堵の息を吐いた。
「平気?噛まれなかった?」
 ヘクターが心配そうな顔をしながら手を差し出してくる。それを戸惑いながら握り、立ち上がった。お礼を言おうとすると、ヘクターが何かを拾い上げる。
「ああ、大丈夫、こいつ毒無いよ」
 だらん、とした彼の手の中にある物の断面図が見えた瞬間、わたしの中で何かがはじけてしまった。
「やだああああああ!ファイアーボール!」
「ひえ!」
 わたしの手から放たれた赤い光の弾は、仰け反るヘクターのぎりぎりを掠めて空へ飛んでいく。山の連なる景色に走っていくと、ぼーん……と遠くから爆発音を響かせた。


「ちょっと落ち着いて話そう」
 ヘクターが神妙な顔で発言する。皆のお昼ご飯を食べようとする手が止まった。明るい野原のような場所に出たので時間も調度良い事だし、持たせてもらったお弁当にしよう、となったすぐである。
「やだあ、リーダーっぽいわよ!」
と手を叩くローザにヘクターは「……ありがとう」と頷いた。そして皆の顔を見回す。
「ちょっとパーティの役割みたいのがバラバラになってる気がするから、確認したいんだけど」
 そう言ってフロロを見る。
「さっきのコボルトの集団には事前に気付かなかった?」
「気付いてたよ」
 平然と答えるフロロにローザが険しい顔で身を乗り出した。
「ちょ、ちょっと何よ、それ。それまでみたいに教えてくれればよかったじゃない!」
「聞かれなかったから」
 そう言ってフロロは「うけけ」と笑う。面白くない。全然面白くない。
「……じゃあこれからは、フロロは『聞かれなくても』何か察知した時は教えてくれ」
 あくまでも口調は優しいヘクターを心底尊敬してしまった。フロロの頷きを見ると、次はイルヴァに向き直る。
「イルヴァの方はちょっと気持ちは分かるんだ。……今までファイタークラスのメンバーだけで遠征したりしてたから、さっきみたいな無鉄砲に突っ込むやり方でも何とかなってきた。回りも動ける奴ばっかりだから気も使わないしね」
 ヘクターのゆっくりと確認するような話しにイルヴァはうんうんと頷く。
「でもこれからはリジアとローザみたいに武器を持ってない人とも行動するんだ。二人を守るような形を取らなきゃいけない。まずは体勢を整えて、周りを見てから動いて欲しい」
「はい!」
 イルヴァが元気よく手を上げた。アルフレートが「私は?私は?」とうるさい。
「アルフレートは……逃げるのすっごい速かったよね」
「そうじゃない、私だって手ぶらだぞ?なんで守る対象がこの二人だけなんだ」
 ずるいー、を連呼するアルフレートの顔は完全に面白がっている。ヘクターが大きな溜息をついて肩を落とした。
[back][page menu][next]
[top]
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -