二章 猫はもてなしがお好き
リーダー最初の試練1
 村を訪ねてきた時に使った道とは違う脇道に入り、半分獣道のような鬱蒼とした中を歩いていく。
「半日ぐらいって話だったわよねー。急げば昼ぐらいには着くかしら?」
 小枝を踏みしめるぱきぱきという音が鳴る中、ローザが口を開いた。
「順調に行けばいいけど、日帰りは無理だと思った方がいいかもね」
 あいかわらずフロロを肩車しっぱなしのヘクターが答える。それを聞いていたアルフレートがうんざりしたような声を出した。
「野宿ってことか?私は体力がないんだ。まいったな」
 えっと、エルフって本来『自然生活をする人』じゃなかったっけ?一日の野宿ごときでぶーたれる妖精って一体……。
 しかしそのアルフレート含めた四人に比べて、わたしとローザの歩き方は何だか覚束ない。同じような底のしっかりしたブーツを履いてきてはいるのだが、経験の差がでてしまっているようだ。体力が持つか早くも心配になってきた。
「それより気になってたんだけど」
 フロロが話題を変える。
「ポゼウラスの実ってどんなもんなの?聞いたことないけど」
 わたしとローザは顔を見合わせた。
「魔導をかじってる人間でもあんまり触れる機会が無いものだと思うわよ。マナの動きをほんの少しだけ鈍くするんじゃなかったかな」
「それだけ?」
 わたしの言葉にフロロが眉をひそめる。
「だけ。……話し聞く限りじゃ、かなり特殊な研究しているみたいだからね。バレットさんしか知らない効果があるのかもしれないけど」
「バレットさんがやってる研究って魔法の反対、みたいな事言ってたね」
 ヘクターの言葉に頷いたのはローザ。
「あたしも聞いたことないことばっかだったのよね。『魔導の力じゃない方法での照明』やらなんやらって」
 わたしも大きく頷いた。
 バレットさんが語ってくれた彼の研究内容とは、わたしの理解を超えたものだった。魔導の力を使わない照明器具、と彼は言っていたが、蝋燭や松明、はたまた光ゴケや精霊の力を借りるわけでもない『別の力』とは何なのか。わたしには分からなかった。
 今主流になっている照明器具といえば魔晶石を使った「ライト」だろう。
 魔晶石という魔法の力を封じたり、それを簡単なスペルで解放出来たりする恐ろしく便利なものが、古代文明の遺跡から見つかったのが数百年前になる。そのままだと強大すぎるそれを簡略化、大量生産にこぎ着けたのがわずか十数年前だ。そのプロトタイプに「ライト」等の簡単な魔法を封じてやると、あら便利。誰でも使える光源の出来上がりである。今ではデザインも増えて一般家庭にまで広がっている。それもこれも魔導の進歩の恩恵であると言えよう。
 バレットさん自身がそれに大きく貢献しているのであろうことは、彼の「オーブン」の話でも想像がつく。何しろ彼はエレメンツの中でも扱いにくい「火」のエレメンツを、スイッチ一つでコントロールすることができる魔晶石を発明する、という偉業を成し遂げているのだ。わたしも発明者の名前を知らなかったのだが、まさかこんな形で会うことになるとは思わなかった。その彼が魔導の力を否定する研究をしている。彼はこう言ったのだ。
「不可思議な力を『魔導』『魔法』というのだ。人間は日々、真相の解明に努力するべきなのじゃよ。マナという力に頼るなかれ。人間は魔法に頼りすぎる」
 その話しに魔術師を目指す自分を否定されたような気持ちにこそならなかったが、わたしにはその内容も、その研究の意味でさえ……分からなかった。
「噂と違って良い人ではあったけど、まあ変わり者よね」
 ローザの呟きにわたしは頷く。
「『良い人』になってたのは俺らにだけかもよ」
 フロロがけっけ、と笑った。わたしは「やめてよ」と返しつつ、ウェイトレスの女の子や酒飲みおやじの顔を思い出す。火の無いところに、じゃないけど単に引き篭もりなだけで人体実験の噂なんて立つものかしら。
「ただでさえ顔を合わせる面子が限られた人口の少ない村じゃ、あのじいさん浮きすぎてるからな。少々穿った見方されてもしょうがない」
 アルフレートがニヤリと笑う。
「引き篭もり、『科学者』なんて得体の知れない職業、それに謎の同居人達だ。なんせまるきり動物の猫の外見で、あんなに高知能な種族、私でも見た事ないぞ」
 わたし達より長い時を生きて来たアルフレートの経験したことは、わたし達より圧倒的に多いのだろう。その彼も知らないとは。
「でも、怪しいだけで悪人扱いは違うと思うよ」
 わたしはそう漏らす。その瞬間、足に鈍い衝撃。木の根に足を引っ掛けたらしい。転ぶ、と思って息を呑んだ。
「……大丈夫?」
 ふわりと体が浮いたような感触とヘクターの声。気がつくと腕を取られていた。呆気にとられるわたしに「気をつけてね」と言って彼はわたしの頭にポン、と手を乗せた。こ、これは。
「この道どっちに行けば良いですかー?」
 先頭を歩いていたイルヴァが大声を上げる。
「そんなにでかい声じゃなくても聞こえるわよ」
 ローザが呆れたように返した。と、アルフレートがわたしの顔を見て仰天する。
「うわっ、お前どうしたんだその顔!」
 わたしは顔から火を噴いている熱を感じながら呟いた。
「何でも無い……」
 何か言い争っているローザとイルヴァにフロロが声を掛ける。
「左の下りになってる方の道に進みな。右方向から獣の唸りが聞こえる」
 耳を微かに揺らしながら自信満々に言うフロロにヘクターが「へえ」と感心したような声を上げた。
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