二章 猫はもてなしがお好き
魔法と科学2
 まだ日の昇りきる前に、わたし達はもそもそとベッドから這い出した。バレットさん特製目覚まし時計を探り当てると、叩くようにして止める。
「むー……眠いー」
 横から聞こえたローザの声にわたしは答える。
「わたしだって眠いわよー……。あ、イルヴァ起こして。絶対また寝てるから」
 昨日はバレットさんときっちりデザートまで楽しんだ後、部屋に戻って毎日の習慣にしている呪文の詠唱の練習までしたのだ。わたしも寝起きが良いとはいえないが、初の冒険に赴く日にぐだぐだしてもいられない。
「おし!」
 気合いを入れると部屋を出た。
「お目覚めかにゃー」
 廊下をちょうど、白猫のタンタがお湯を持って来てくれるところに会う。
「ゆっくり寝れたかにゃ?お湯どうぞにゃー」
 タンタがお湯の入った洗面器を渡してくれた。猫達もわたし達の出発が早いのに合わせて起きてくれているらしい。廊下の曲がった先から「にゃー」という声が微かに聞こえた。
「ほんと、何から何までありがとう」
「気にするにゃ。働くのが好きなんだにゃ。人がいっぱいいるとやることいっぱいで嬉しいにゃー」
 そう言ってくるくると回ってみせた。本心から言っている様子にほっとする。初めて出会う種族だが世界でも数少ない種族なのだろうか。町では見たことが無いもの。
 がちゃ、という音が廊下に響く。隣の部屋の扉が開いた。
「あ、リジア、おはよう」
 少し眠そうなヘクターが顔を出す。
「あああおおおおおおはよう」
 心臓が爆発しそうになる。朝の挨拶からこの調子だ。この先、生き残れるのか、わたし……。しかし寝起きの顔を見たり見られたりするのは、やましいことなくとも気恥ずかしいものである。
「あのさ、アルフレートがどうしても起きないんだけど、どうしたらいい?」
 困り顔のヘクター。ううむ、見るからに低血圧顔だもんなー、あのエルフ。
「大丈夫。意外と頑丈だから死なない程度にやっちゃって」
「うん、わかった」
 わたしの言葉に真顔で部屋に戻って行く彼。……大分わたし達に馴れてきてくれたようで嬉しい限りだ。
 イルヴァを叩き起こし、そのあと全員でアルフレートを叩き起こす。朝食もしっかりいただき(ふっかふかの焼きたてパンだった!)、なんとお弁当まで持たせてもらったわたし達。至れりつくせりな対応は高級ホテルに泊まったかのような気分で、これから洞窟に出かけるなんて雰囲気を感じられない。
 出発の際には玄関扉の前でタンタがわたしの手を握り、
「がんばってくるにゃー」
と言ってくれた。わたしはぷにぷにの手を握り返すと、にっこり頷いた。
「いってきます!」
 全員で大きな声で挨拶をすませると、まだ静かな村を歩きだした。


 山の中、日の昇る前は薄っすら霧掛かっていて寒い。わたしはローブを首元までしっかり閉めた。来た時は賑やかだった看板が並ぶ通り、まだ人の気配は無い。ちちち、と小鳥が鳴く声がするだけだ。と思ったら、あの大衆食堂の前でウェイトレスの女の子が箒をかけていた。
「あら、随分早いのねー。……帰るの?」
 そう声を掛けられ、わたしは首を振る。
「ううん、今からバレットさんに頼まれた物の調達よ」
「会ったんだ!どうだった?」
 何だかわくわくした様に見える。やっぱりバレットさんを本気で気味悪がっているというより、半分面白がっているようだ。
「良い人だったわよ。一緒に暮らしてる猫も可愛くて」
 ローザが言った感想にわたしも頷く。ウェイトレスの女の子は目を丸くし「へー」と呟いた。
「なら良かったじゃない。あれから結構、皆で話してたのよ。君達まで消えちゃったら、さすがに押し掛けた方がいいんじゃないかって」
 わたしとローザは顔を見合わせる。フロロが間に入ってきた。
「そんな相談するぐらい、村人の失踪事件ってマジな話なわけ?」
「そりゃそうよ、だって騒ぎになった時は警備団の人まで来て捜査していったのよ?結局
『単に挨拶無しの引越し』で片付いたみたいだけどね」
 再び微妙な空気になるわたし達を見て、ウェイトレスの女の子は慌てたように付け足す。
「でも実際に会って良い人だったんなら、それで良いんじゃない?」
「……まあね」
 わたしはそう返すも、すっきりしない気分だった。
『にゃん達とバレットさんとのお約束』
 何故か唐突にタンタの言葉が蘇る。どうして村から出られないのだろう。あんなに良い子達なのに。
「頑張ってきてね」
 女の子の声に我に返る。「ありがとう」と伝えると、既に歩きだしていた仲間の元にわたしは走っていった。
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