二章 猫はもてなしがお好き
魔法と科学1
 猫達があわただしくカトラリーを並べる間をくぐって、夕食の席につく。テーブルを見渡すと、目の前にはオードブルらしき冷製ものが。他にも大皿のグラタンやらやたら大きなお魚の丸焼き、コールドビーフにキノコが散らばるサラダ。随分と熱のこもった歓迎ようだ。
「さあさあ、みんな席に着いたらいただこう」
 バレットさんが奥の席からニコニコとした顔を向けてくる。
「すいません、何から何まで」
 恐縮するヘクターにバレットさんは首を振った。
「私は普段、この子らとだけで暮らしとる。たまの機会、じっくり楽しみたいんじゃよ」
 この子ら、とは猫さん達のことであろう。バレットさんと猫達は顔を見合わせるとにこー、と笑った。始めに会った茶虎に白猫のタンタ、他にも黒にお腹だけ真っ白な子や、三毛タイプにクリーム色の長毛種もいる。
「みなさんお若いから、今日はオレンジジュースにしましたにゃ」
 三毛の子がそう言って、グラスにそそいでくれた。お礼を言うと、目の前の料理に口を付けた。ベビーリーフに油ののったお刺身がきれいに並べられ、バルサミコの匂いがするソースがお皿に線を描いている。
「おいしい!」
 お世辞なしの感想を漏らすと猫達は嬉しそうに目を細めた。
「これってみんなあなた達が作ったの?」
 わたしが聞くと、茶虎が頷く。
「食事はにゃん達で毎日作るにゃー」
 ぶっ、とアルフレートが吹き出す。そこにがつ!と痛そうな音。隣りに座っているローザが、彼の足を踏みつけたのであろう。そういやアルフレートって変に潔癖なところあったっけ……。それにしても失礼な奴だ。
「バレットさんはどんな研究をしているんですか?」
 誤魔化そうとしたのか、ヘクターがバレットさんに尋ねる。
「ふむ、主にやっているのは生活用品じゃな」
 意外な答えにわたしは頭に「?」が浮かぶ。その顔を見たのかバレットさんは話を続けた。
「私は魔術も多少かじっとるが、あくまでも研究に必要な部分だけ。私は科学者でな。生活が豊かになるような発明品を考え、実用的に使える物を日夜研究しとる」
 そこでワインを一口。
「ふう、例えばこんな夕食の支度なんかじゃな。この魚を焼く場合……、お嬢ちゃんだったら何を使う?」
 わたしは問いに答える。
「これだったら、オーブンね。この大きさじゃフライパンじゃ焼けないし」
「そのオーブンは、どうやって温められる?」
「どうやって、って……火を焼べたり、最近じゃ魔力装置で簡単に火を着けられるタイプが出てきたわ」
「それを作ったのが私じゃよ」
「えっ……!」
 絶句しているわたしの隣りから、イルヴァがのほほんと口を出す。
「へー、すごいじゃないですかぁ」
 うーん……あんまりすごそうに聞こえない。本当に仰天するぐらい凄い事なんだけど。
 バレットさんが言ったオーブンはほんの一例で、実際にはそのオーブンに組み込まれている着火装置がすごい発明なのだ。スイッチ一つで発火させ、さらには火の大きさの調節までしてしまう装置はオーブンに限らず、コンロやお湯を作る設備まで使われている。
 家庭のキッチンをがらりと変えさせた発明に「この発明家に女は感謝し、男は恨みに思った」という話しを授業で聞いたことがある。わたしが生まれた時からあるものなので、わずか十数年前の発明品と知った時は驚いたものだった。
「今はまだ魔術に頼っている段階じゃ。これからは魔法の力無しに……そうじゃな、照明のようなものが出来ればいいと思っとる」
なるほど、それで『科学者』というわけか……。もしかしたら門のベルもこの人の発明品だったりするのかもしれない。
「貴方にとって魔法と科学の違いは何だ?」
 アルフレートも興味を持ったようで身を乗り出す。バレットさんは髭をゆっくりと触る。
「マナへの追求、かね……。魔術師、特に現代の魔術師はマナを解明出来ない粒子だと位置づけておる。これはかの偉大な大魔導師セシルが『マナの解明は不可能』と結論付けたことからじゃ。そこからマナの研究は止まっておる。嘆かわしいことじゃ」
「追求を続けるのが『科学者』だと?」
 にやりと笑うアルフレートにバレットさんは頷く。確かに魔術師というと『魔法を使う人』みたいになってるもの。ソーサラーであるわたしにはちょっと寂しい話しだけど、自分がマナを解明出来るか、と聞かれると自信が無い。
「マナって何ですか?」
 イルヴァがわたしを見る。わたしは少し頭を捻ると彼女でも分かりそうな言葉で答えることにする。
「いたるところに漂ってる魔法の源よ。これがあるから魔法は発動するって言われてるの」
「へー」
 棒読みな返事だが分かってくれたんだろうか……。
「魔術を研究するのが魔術師なら、科学者は世の仕組みそのものを研究する者、というのが科学者の間ではよく言われることじゃな。……まあわしは細かい物をいじって作るのが好きなだけ、とも言えるがね」
 バレットさんはふっふ、と笑った。
「俺もからくりは好き」
 フロロの言葉にバレットさんは目を大きく開ける。
「おお!そうか!じゃあ君とは今度ゆっくり語り合いたいもんじゃの」
 その笑顔を見て、わたしはフロロが物の『解体』が好き、という事を、教えるべきか躊躇していた。
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