二章 猫はもてなしがお好き
馴染めない研究者2
「ここだな」
 村はずれの一軒家を前に呟いたのはアルフレート。わたしは頷いた。
 しかし……予想以上に大きい建物である。よく都会よりも人口の少ない村は家一軒が大きい、なんていうが、ここ山の中だよね?
 目の前の家は「大きいお屋敷」のレベルを超えている気がする。周りを高い石壁に囲まれ、屋敷本体はつたに絡まれている。窓は少なく、まるで巨大な箱がぼすん、と落ちてきたような印象だ。山間にある家とは思えない大きさは明らかに他の建物が並ぶ景色から浮いていた。土地を切り開くだけでも大変だったんじゃないだろうか。
「これを押せばいいんじゃないかな?」
 ヘクターが門の左右にそびえる石柱、その右側についたスイッチのようなものを指差す。見ると「御用の方どうぞ」の文字。
「あ、それよ。押せば中でチャイムがなるから。うちにもついてる」
 ローザが頷いた。さすが、というべきか。ローザの家はかなりのお金持ちなのだ。羨ましいことに、こういう庶民には縁のない物に異様に詳しかったりする。
「ここで押したものが中で鳴るんですか?」
 イルヴァの問いにはわたしが答える。
「簡単な魔法装置の一種だからね。まだローザちゃん家とかここみたいに声が届かないような大きい家しかつけてないけど」
 もっともそういう大きな家には大抵使用人がいたりするので、そういう面でもこの道具は普及していなかったりする。しかし町の人の話しからして、てっきり人嫌いで家に篭っているタイプの人間かと思っていたら、訪問客の為にこんな物を取り付けていたりとよくわからない人だ。
「じゃ、押すよー」
 いつのまにかヘクターに肩車されたフロロがスイッチを押した。押してもこちらには何も聞こえないが、中では来客を告げる音が響き渡ったはずである。
 数秒たった時だった。
 ぎぃいいいい……と不快な金属音を立てて黒い大きな外門が動き出す。わたしは思わず身を引く。
「すごいですぅー」
 手を掛ける人間がいないはずの門が開いていく様子に、イルヴァが感嘆の声を上げた。どこか薄暗い屋敷を前に一同は顔を見合わせる。少し躊躇した後、門の中へと足を進めた。屋敷の大きさの割には狭い前庭を通り、大きな扉の前に立ち止まる。
「なんか嫌な雰囲気……」
 わたしは暗く飾り気の無い建物にそう呟く。村の人の話しを聞いた後なので余計に不気味な雰囲気に感じてしまう。
 立派な玄関の扉を前に「どうするか」という空気のまま固まっていると、わたし達がノックするより早く、静かに開いた隙間から何かが顔を出す。
「どちら様ですかにゃ?」
 わたしはその話し手の姿を見て一瞬驚く。猫である。フロロと違って耳やしっぽだけでなく、顔も体も猫。しゃきっと背筋が伸びているところを見ると二足歩行する生物のようだが、まさに猫そのもの。普通の猫より大きくてフロロと同じぐらいの身長だが、服を着ているわけでもなく茶の縞の猫。フワフワの体毛に大きな目、小さな手はどうやって扉を開けたのか不思議に思う程、猫のまんまだ。
 同じように面食らってるヘクターだったが、すぐに我に返ったらしく猫に挨拶をした。
「こちらのバレットさんがプラティニ学園に依頼を出されたと思うのですが」
 猫はそれを聞いてぱちぱちと瞬きした後、大きく頷く。
「ハイハイ。学園の方ですにゃ?お聞きしておりますにゃ」
 最後の「にゃ」に悶えそうになる。いかん、かわいい。
「そうです、学園からきました」
 ヘクターが言うと、猫は扉を大きく開けた。
「どうぞ、中へ。旦那様を呼んできますにゃ」
 入るとエプロンを着けたもう一人(?)の猫。こっちは耳と手足の先だけ黒い白猫だ。
「にゃんが旦那様を呼んでくるにゃー。君はこの方たちを応接間へ」
 茶虎がテキパキと言うと白猫が頷く。も、もしかして「にゃん」は「私」とか「僕」の意味だろうか。かわいい!かわいすぎる!
「なに身よじってんのよ、あんた」
「だって予想外の展開で……」
 ローザの突っ込みにわたしは悶えながら答える。
「こっちですにゃー。着いてくるにゃー」
 白猫の言葉に六人はぞろぞろと廊下を歩いていく。ぽてぽてと前を歩く白猫の姿にすっかりわたし達の雰囲気は和んでしまっていた。
「歩いて来たんですかにゃ?」
 白猫に聞かれ、わたしは首を振る。
「村までは馬車で……」
「馬車はお尻が痛くなるにゃー」
 猫でもそうなのか……。いや、猫ではないのか?
 しばらく歩くと見えてきた廊下の突き当たり、そこに扉を構える一室に通された。窓は少なめだが、手入れの行き届いた広い部屋である。中央に大きな大理石のテーブルが置かれ、隅には大きなソファーもある。花が飾ってあったり、クロスやカーテンの趣味も良い。窓が少ないからか、天井からは明かりの魔法『ライト』を封じた魔晶石らしきものがいくつもぶら下がり、そのいずれも趣味の良いランプシェードがかけられていた。促されるままにテーブルにつく。
「今お茶入れるにゃー。旦那様もすぐ来るにゃー」
 白猫がぱたん、とドアを閉めると、すぐに隣の部屋から物音がする。「にゃー」だの「なおーん」だの、食器のかちゃかちゃいう音もする。どうやら給湯室があるらしい。数匹の猫のあわただしい声がするのだ。
 この時点でわたしの中ではこの家の嫌なイメージなどすっかり吹き飛んでしまっていた。
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