二章 猫はもてなしがお好き
馴染めない研究者1
「おねえちゃん達、バレットのところに行くんだって?」
 料理の半分程を平らげたわたし達に声を掛けてきたのは、隣のテーブルで一杯ひっかけていたおやじ。あからさまに酔った顔では無いものの、この時間から酒をあおっている時点であまり絡みたくない。
「そう……ですけど、何か?」
 無視するわけにもいかないので、おやじに一番近い位置にいるわたしはそう答えた。
「何しに行くのか知らねえけどさ、気をつけた方がいいぜ」
 そう言って手に持った黒いエールを一口。にやける顔を抑えているようにも見える無表情には、綺麗に整えられた顎髭がある。
「気をつけるって……何か問題でもある人なの?」
 ローザが聞くと、おやじは顎髭をいじりながら答えを考えるように唸った。
「問題っていうか……、あんまり良い噂がないことは確かだな」
「悪い噂はあるんだな?」
 アルフレートがずばり聞く。
「うーん……」
 臭わせる割にはっきり物を言わない人だ。かといって適当にあしらう気にはなれない台詞じゃないか。
「俺達バレットって人から依頼受けてて、今から会いに行くんですよね。何か知ってたら教えて欲しいんですけど」
「あんまりおすすめしないな」
 ヘクターの質問に答えたのは、空いたお皿を下げにきたウェイトレスの女の子だ。
「正直いってどういう人なのか、村の人もよく知らないのよ。ある日突然、だったしね、村に住み着いたのも。結構前になるけど未だに村には馴染んでないし」
 横でおやじも頷く。
「さっぱり姿は見せねえわ、しょっちゅう屋敷からでかい音が聞こえてくるわで気味悪いしよ。何の研究してるのかもわかんねーしな」
 本当に絵に描いたような研究者ってことか、と思ったら続くおやじの言葉にぎょっとする。
「噂じゃ人体実験してるなんつー話もあるし……」
「人体実験!?」
 わたしは思わず大声を上げる。オカルトめいた話しは好きだが、マッドサイエンティストといわれるような人物に憧れはない。しかし依頼人に会う前から妙な雲行きになってきてしまった。
 わたしの反応に女の子は手をぱたぱたと振る。
「噂よー、うわさ。なんかね、バレットさんの家に入ってく姿が最後になって行方不明になってる人達が結構いたりするのよー」
 そ、それって……結構大事な気がするんだけど。軽い言い方といいこの人達も普通の感覚じゃないような。
「な、なんか思わぬ方向に話が進んできたわね」
 ローザが呟く。
「これって……学校側も知らない話、よね?」
 言いたい事は言い終えたからなのかおやじとウェイトレスが去ったを見て、わたしはローザの肩を突く。「さあ?」とローザは肩をすくめた。
「そこまで含めての学園からのテストだったら、どうする?」
 ローザの言葉にまさか、とも思うがクエストとは一筋縄では解決出来ないものである、なんて事を普段から言われていたりはした。でも人体実験してるような極悪科学者の悪事を暴け、なんて見習いがするには荷が重いと思うんだけど。
「私、仲良い先輩方からお話聞いたんですけど……、演習の段階じゃ単なるお使いレベルのクエストしかなかったって話でしたよ?だからそんな難しい話じゃないと思いますよ〜」
 イルヴァの言葉にアルフレートは驚いて彼女の顔を見る。
「な、仲良い先輩なんているのか?その……お前が」
 言いたいことは何となくわかる。しかしイルヴァはしれっと言い返した。
「はい、主にコスプレ関係の」
 なかなか奥の深い世界である。濃い趣味なだけに横のつながりが強い、というやつか。
「ま、今聞いた話の全部が本当だとも限らないし、それに放棄するわけにもいかないしね」
「あんたわくわくしてない?」
 明るく言ったヘクターに、ローザは呆れた声を上げた。言われたヘクターは慌てるように手を振る。
「い、いや……まあ多少バレット氏へ興味は湧いたけどね」
「だーから、このメンバーじゃ普通に事が運ぶわけないんだって」
 にやにやしながらこちらを見て、楽しそうに言うフロロにわたしは深く溜息をついた。
「わたしは普通に運びたいわよ……」
 しかし『おすすめしない』と言われても、じゃあ帰りましょう、というわけにもいかない。テーブルに料金を置くと、明るい日差しの村に出る。忙しそうな様子で通りを歩く商人達の姿に、現実に帰ってきたような安心感を覚えた。
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