二章 猫はもてなしがお好き
出発2
「結構栄えてるのね。もっと寂しいところ想像してたわ」
 ローザが村の入り口から見える景色に感嘆の声をあげた。
 そう、チード村は村とはいいながら建物の数も歩く人の数も多い。ウェリスペルトのような大きな都市に比べれば寂しいが、まずまず賑わったところだった。何よりお店が多い。きっと旅人の休憩ポイントになっていることからだろう。看板も宿のものが多いようだった。
 御者のおじさんと別れ、予定より早い到着となった村を歩く。青空の下に広がるのは山頂までの緑と、その中をぐにゃぐにゃと伸びる歩道。脇に積み木細工のように詰め込まれた商店や民家が並ぶ様は、絵画で見た田舎町といった感じだ。普通の観光旅行で訪れても良い場所なんじゃないだろうか。
「依頼人ってどんな人なんだろうね」
 わたしは少し不安な気持ちを漏らす。
 今回の「演習」は学園の生徒が受ける教育課程の一つになってはいるものの、その全てが実際に学園に来た本物の依頼なのだ。もちろん依頼主も学園外から「お助けお願いします」と言ってきた人達になる。これが緊張の元になっていた。
 いつもは若手の教官や教育課程を終えた五、六期生が捌いている依頼を、簡単そうなものを選り分けてわたし達が「演習」として行う。
 依頼人には許可を取ってあるし、実際現地にも教官達が一度足を運んでいる。まどろっこしいやり方をとっているが、そこは「未来の冒険者」達の為。一般の方達も協力的なのが嬉しいことである。
 正規の冒険者に、ではなく学園にわざわざ依頼をよこす時点で大した依頼はなかったりもする。
 学園にくる依頼の中で一番多いのが「お使い」と呼ばれるものだ。隣り町までポーションを買いに行って欲しい、マウニの森まで行ってキノコを採ってきて欲しい、等の依頼がそう呼ばれる。
 お使いなどの簡単かつ面倒な依頼は嫌がる冒険者が多いので、学園を重宝している人も多いのだという。正規の冒険者を雇うよりもずっと安上がりというのが一番の理由かもしれない。
 わたし達が選んだ依頼は、やっぱりお使い。ここチードで研究をしている科学者、という人の研究材料の調達である。選んだ理由は単純に科学者という存在が珍しく、興味を引かれたからだった。
「捕って喰われたりしないだろ。それより飯、飯」
 フロロがわたしを見ながらお腹を摩った。
 小さな店舗が並ぶ中、広い間口で目立つ一件の大衆食堂を見つけ、ぞろぞろと入る。カウンターバーと大きな丸テーブルがいくつかあるような、酒場兼飯処、といった感じか。早い時間なのでカウンターバーに人はいないが、テーブル席で朝食を取る地元民らしき姿があった。
 白いエプロンを着けた「元気いっぱい!」という言葉がぴったりな若いウェイトレスが近寄ってきて、大きなテーブルを案内してくれた。
 各自思い思いの飲み物を頼んでいると、アルフレートがウェイトレスの女の子に尋ねる。
「バレットという研究家の家を知っているか?」
 わたし達が向かうべき依頼人の家のことである。一瞬、女の子に戸惑いの色が見えた……気がした。村の中でも有名な人だから、と聞いていたので即答が無いことに違和感を感じる。しかし、
「バレットさん?この店の前の大通りを北に向かうと村のはずれに出るから、そこにある大きな屋敷だからすぐわかると思うわ」
 戸惑いの色は気のせいだったのか、彼女はにこやかに答えた。
「さーてと、何食べよっかなー」
 ローザの声にわたしは我に返りメニューに目を落とした。考え過ぎかもしれない。初めてのクエストに神経が高ぶっているのかも。
 そう自分に言い聞かせながら、わたしはお腹を満たすメニューを選んでいく。いつもよりがっつかないようにしなきゃ、とヘクターの顔をチラ見しつつ考えた。
「ちょっと難しい人なのかもね」
 決まったメニューをウェイトレスに伝え、彼女が厨房の方へ下がっていくとヘクターが小声で呟く。
「何で?」
 ローザがきょとんとした顔で聞き返す。
「いや、名前が出た途端に店の空気が変わったから」
 ヘクターに言われて何気ない素振りで周りをみると、何やらこっちを見ながらこそこそと話す客や従業員の姿。躾がなっとらん。
「研究者なんて変人が多いからなあ。『科学者』なんて特によく分からんし」
 フロロが天井を仰ぎ見ながら椅子を揺らす。
「……仮にバレットとやらが本当に研究者らしい研究者だったとしたら、依頼の中で嫌みのひとつも言われることもあるかもしれんが、私が言い返してやるさ」
 アルフレートはそう言ってくれるが彼の場合、本気で相手の心臓を突き破るような嫌味を言いそうで少し怖い気もする。
 しかしここまであからさまに町の人から注目されるバレットさんとはどんな人物なのか。わたしは自分の趣味の影響か、どんどん人間離れしたバレットさん像が浮かんでくるのを頭を振って消し去ることにした。科学者なんてわたし達も『珍しい』と思った職業の人だ。得体の知れない人種なのでお友達が少ない、なんていう話しだろう。
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