二章 猫はもてなしがお好き
出発1
 馬車は揺れるよ、どこまでも。
 まだ暗い中に出発したのだが、今は大地を暖める日差しがさんさんと輝いている。遠くには種を蒔かれたばかりの茶色い畑が広がって、緑広がるこの辺りと景色を二色に分けていた。
 無事にパーティを組み終わり、いざ初冒険の地へと向かうべく馬車に揺られているわたし達。暫しのお別れ、ウェリスペルトの町。
「おやつ持ってくれば良かったですう」
 そうイルヴァがぼやく。本日の格好はタンクトップにホットパンツ。レザーアーマーを着込んだその姿はかなりまともだ。本人曰く「アマゾネスルック」といっていたその服装に、コルネリウス教官あたりにかなり強く言われたのであろうと想像した。
 言ってきく子ではないと思っていたのだが、イルヴァなりにこのパーティのことを考えてくれたようで嬉しいかぎりだ。
 ローザが投げた何かが馬車内を飛んでいく。イルヴァは器用にそれをキャッチした。
「家の姉様が焼いたクッキーよ」
「ありがとうございますう」
 緊張感がない雰囲気の中、わたしはすでに遠くになってしまった町を眺め、旅の出発を噛み締めた。期待でいっぱいの胸の中に、ちらりと湧く早すぎる望郷の念。たった二、三日で戻るはずだというのに、なぜ旅立ちというのはこうもおセンチな気持ちにさせるのか。
 そんなわたしの気持ちも知らずにアルフレートは、
「一曲歌おうか」
などと言いだす。
「止めて、耳が腐る」
 ローザにぴしゃりと言い放たれ、アルフレートはむっつり押し黙った。
 心地いい馬車の振動に身を任せていると、ふいに体が斜めになった。山道に入ったのだ。そのまま揺られること暫し、
「リジア!見て見て!ほら、学校が見下ろせる!」
 ローザがはしゃいだ声をあげる。馬車が走るのはアルフォレント山脈。アルフォレント山脈はローラス共和国のほぼ中央にある。標高は大したことはないが距離の長い山脈だ。ローザの言うとおり、馬車から身を乗り出すとわたし達の学園のあるローラス共和国の一都市ウェリスペリトの町が眼下に見えた。
「こうやって見ると、すぐ近くにあるみたい」
 わたしは呟きつつもちらり、後ろへ視線を移す。ヘクターが外の景色を見ながら柔らかい笑みを浮かべている姿があった。その姿を見ながら、いや、ずっとだ。「君らのパーティに入れてくれ」と彼が言った日から、わたしは気になっていた。
 ヘクターはわたし達のことを「魅力的だ」と言った。でもわたしには……イマイチ彼がそう言った理由が分からなかった。もちろんわたしにとっては大事な仲間だけど、何というか彼がそう言ったのが意外だったのだ。わたしは長い間、ヘクターに憧れて遠くから見ているだけだったけど、その期間もここ数日で会話をするようになってからも、彼の印象は変わらなかった。
 絵に描いたようないい人、が彼の印象だった。話し方は優しく嫌味が無い。困ったような顔はしても決して怒らない。そんな彼がわたし達のことを「魅力的だ」と言ったことは嬉しくもあり、意外でもあった。どう考えてもいつも彼の周りにいる人達とわたし達とでは雰囲気が違うのではないか。期待を裏切りたくない。良いパーティだと思ってほしい。常にそんな風に考えてしまう。
「俺も腹減った」
 フロロの声に我に返る。そういえば朝が早すぎてわたしもお腹空いたな。
「着いたらご飯にしましょうか。少しくらい遅くなっても大丈夫でしょ」
 ローザの提案にわたしとフロロは頷いた。
 荷馬車を改造した、お世辞にも乗り心地が良いとは言えない小さな馬車に揺られてお尻がいい加減痛くなってきた頃、
「そろそろ着くよ」
学園から派遣された御者さんが馬の手綱を握りながら言った。
「おじさんはすぐに帰るの?」
 わたしの質問に肩をすくめる。
「学校側からお使いも頼まれてんだ。買い物したらトンボ帰りさ」
 それを聞いたローザが顔をしかめる。
「じゃあ帰りはバスかなにか探さなきゃ」
 バスといえば一般的には馬より大型の生き物「コルバイン」一、二頭に二階建ての車体を引かせる大型の乗り物である。今乗っている普通の馬車に比べて乗り心地は良いし、何より早い。しかし今から向かう「チード村」はかなり規模は小さいという事だし、今走る道も狭い山道だ。バスのような乗り物は期待出来そうにない。
「チードってどんなところです?」
「冒険者たるもの、自分の目で確かめなきゃ」
 わたしの言葉におじさんはニヤリと笑い、前を指差した。山間にぽつぽつと立つ建物が見え始めた。わたし達が向かうチード村である。山の中腹にあるこの村は山脈を越える旅人や商人の休憩地として栄えているのだという。
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