一章 探せ!ぼくらのリーダー
異議あり!1
 表に飛び出したわたしの目に入ってきた光景は、半ば予想していたとはいえ現実逃避したくなるものだった。グラウンドへの通路に尻餅ついている黒髪の少年とその彼に掛かる網、そして見慣れた異種族の二人の姿。
「やめなさいって言ってるでしょうが!」
 ローザが走りながら叫び、網を押さえていたアルフレートを蹴飛ばす。わたしはその間にフロロの首根っこを捕まえると持ち上げる。「ニャーン」などと憎たらしい声が上がった。
「ごめんなさいねえ、大丈夫?」
 甘い声を出しつつローザは網に掛かった少年を立ち上がらせる。呆気に取られていただけのようで相手も時間を置くと笑顔を見せてくれた。
「ああ、大丈夫。いや、びっくりしたけどさ」
 苦笑しながらの答えに頷いていると、アルフレートがわたしの肩に腕を乗せ寄りかかってきた。
「どうだね、我々のこの作戦は。捕獲と同時に混乱させ、相手に正しい判断が出来ないようにするんだ」
「やってる事、丸っきり悪人じゃない!わたしは正常な状態でも自分達を選んでくれる人が良いのよ!」
 わたしの真っ当な叫びにアルフレートは眉間に皺寄せた。
「お前、正常な人間が自分達を選ぶとでも思ってるのか?凄まじく歪んだ自信だな」
「ははは」
 アルフレートの言葉を受け、何が可笑しいのか笑う少年に、
「何が可笑しいのよ」
わたしの思い切り睨みつけた顔を向けると「すいません……」と小さくなる。
「いずれ私の考えが正しいことも証明されよう。行くぞ、フロロ!」
 網を抱え込みアルフレートは再び走り去る。その後ろ姿にわたしは怒鳴った。
「ばかー!コルネリウス教官に見つかったら今度こそ退学よ!」


 あれから何人の生徒を悪の手先――もといアルフレートとフロロの手から逃がしただろうか。これだから嫌われるんだよ、と今更思う。
「ったく、何てことしてくれんのよ、あの馬鹿ども!」
 ローザが怒りの声をあげる。その顔に浮かぶのは疲労と焦り。わたしだって同じような顔をしているのだろう。
「あの二人だけ楽しんでるのは納得いかないですねえ。イルヴァも早く呼んでくれればよかったのに」
「お願いだから止めてね!?あの二人を押さえつけるだけにしてよ!?」
 応援に呼んだイルヴァにわたしは突っ込みつつ、辺りを見回す。とりあえず全体を見回そう、とグラウンドの真ん中まで出てきたは良いが、二人があまりにも神出鬼没なことに、わたしもローザも疲れてきた。こんな事をしている場合じゃないというのに、目的が馬鹿二人を探すことに変わっている。
「もう!休み時間も終っちゃうわよ!あたし次のコマは授業出なきゃいけないのに……」
「ローザちゃん!あっち!」
 わたしはローザの袖を引っ張りつつ、ある方向を指差す。グラウンドの隅にある第二演習場の屋根の上、こそこそと歩く怪しい影二つ!なぜか上空から網を振り下ろすことに美学を見いだしているようである。
「あそこね!」
 ローザが駆け出す。イルヴァと一緒に後を追いつつ、わたしは下にいるのであろうターゲットに目を移す。
 その瞬間、息が止まった。周りの音が止む程の最悪な事態がわたしを襲う。昨日、一瞬天に昇ったわたしを神は突き落としてくれた。遠い距離からでもはっきり分かる。演習場の前を歩いていたのはヘクター・ブラックモア。彼に他ならなかった。
 このままではわたし達のお馬鹿コントを彼の前で披露することになるのは確実だ。それだけは絶対に避けなければならない。わたしが貧血を起こすんじゃないか、という程顔を青くしているのも知らずにアルフレートとフロロは下に見えるヘクターを指差し、確認している。わたしは走る速度を限界まで上げローザを追い越した。アルフレートが網を振りかぶり、屋根を蹴る!
「やめてぇえええ!!」
 絶叫と共に突っ込むと、ヘクターを突き飛ば……そうとしたが、届かない。空を切る自分の手と彼の驚いた顔が見えた。次の瞬間、
 ごりっ!!
 頭の上から網の淵であろう、棒状のもので叩き付けられた。あまりにも痛い衝撃が走ると目から星が飛ぶ、って本当だったんだな、などとちかちかする視界に思った。「あ、やべ」というフロロの声が聞こえる。
「い、いったぁー……」
 頭を摩りつつ、起き上がる。頭が凹んでるんじゃないか、と一瞬思ってしまったが既にコブが出来始めていた。
「だ、大丈夫?すごい音したわよ?」
 ローザが頭をさすってくれた。涙目になりつつも目の前を見ると、唖然とした顔のヘクターが座り込んでいた。見開かれている綺麗な瞳と目が合う。きちんと網に包まれている状態を見て再び顔が青ざめるが、恥ずかしさから一気に血が上るのが分かった。
「ち、ちょっとぉ!何してんのよ!」
 そう叫ぶわたしはひどい顔をしているに違いない。
「い、いや、今のはさすがに済まないと思った」
 アルフレートはわたしの言葉にそう答えつつ、しっかり網の柄は放さない。
「そうじゃなくて!この状況よ!」
 わたしがびしっと網を指差すとアルフレートははっとする。
「あ、そうだった。……ふふふ、我々はお前を拉致しに来たのだ」
 そっからやるのかよ。
「そうじゃないでしょ!」
「どうだ、大人しく我々の仲間にならないか?」
 わたしの言葉を無視してアルフレートは続けた。心なしか台詞は棒読みである。さすがに動揺しているようだ。次の瞬間、わたしは一生で一番耳を疑う台詞を聞くことになる。
「いいよ」
 ……うん?短いが理解出来ない彼の返答にわたしを含め、ヘクター以外の全員が固まってしまっている。ヘクターはゆっくりと網をどけると立ち上がった。何故かこの状況の中で笑顔である。
「いいよ。君らのパーティに入れてくれ」
 それでも尚、痛い程の沈黙が広がる。
「……あれ?だめだった?」
 ヘクターの言葉に、全員がブンブンと首を振った。わたしは頭の痛みも忘れ、この展開にただただ唖然とするばかりだった。
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