一章 探せ!ぼくらのリーダー
嫌味なメガネ2
「家、どっち?」
 バスを降りるとすぐに聞かれる。ここまで来るとやたら遠慮する方が『嫌がってる』と取られるかもしれない。わたしは真っ直ぐ自宅の方向を指差した。
 窓からの光に加え、役所の人が毎夕、街灯に施す魔法の光が足元を照らす。でもきっと変な歩き方になっているはずだ。学園の入学式、家に帰ると母親に「アンタ、足と腕が左右同じの出してたよ」と言われたことを今思い出してしまう。
 停留所から家が近いことを今日より残念に思ったことはないだろう。何か会話を!と焦る内に家の前の通りまで来てしまった。
「あの、家そこです。すぐそこ」
「あ、近いんだね」
 せめて最後くらいは会話を続けさせたい。しかし『ええ、近いしか取り得が無いんです』『近いだけで狭い家なんです』など、自分でも無いな、と思う台詞しか浮かんでくれない。せめてお礼だけは言い忘れないようにするぞ、と拳を握る。
「毎日長い距離帰ってるんだとしたら大変だな、って思ってたんだ。いつもカバンが重そうだったから」
「ありがとう……え?」
 噛み合わない会話に思考が止まる。何の話をしたんだろう、とぼんやりしていると、ヘクターは軽く手を上げた。
「じゃあ、また明日」
 言い終わるなり去って行ってしまう彼の影を見ながら、わたしはまだぼんやりとしていた。


 翌日、わたしは頬杖つき教室の窓から見える景色を眺めていた。自習時間なので咎める人もいない。午前中の陽射し強い景色にひたすら酔いしれる。
 なんて美しい学校なのだろう。白い校舎は光を反射し、輝いて見える。学園長の趣味で植物が多いのも良い。グラウンドには今日も鍛練を続ける戦士達の姿。
「素晴らしき我が学び舎よ……」
「何言ってんだよ、気持ち悪い」
 その声に振り返ると、眉を吊り上げたロレンツが立っていた。
「何?」
「あのなあ、レポート出してないのお前だけなんだよ。折角の自習なんだから今終わらせてくれ」
 溜息交じりの呆れた声に彼の手元を見ると、他の生徒が提出したらしきレポートが束になって積み上がっていた。わたしは慌ててカバンを探る。それを見ながらロレンツの御小言が続いた。
「こういう学科で頑張んないでどうすんだよ……。聞いたぞ、お前退学ちらつかれたんだって?」
 ぴたりと手が止まる。なんで同級生からの言葉がこんなにも上から目線なのか、とロレンツを睨むが、それも直ぐに止める。
「……いいわ、許す許す。今日のわたしは機嫌が良いから!」
 ぐふふ、と笑うわたしに「はあ?」とロレンツは顔をしかめた。
 昨日のヘクターの言葉を思い出す。
『毎日長い距離帰ってるんだとしたら大変だな、って思ってたんだ。いつもカバンが重そうだったから』
 そう言ったのだ。それは彼の方もわたしの存在を知っていたということに他ならない。今日の朝は同じバスにならなかったようだが、それでもわたしは見るもの全てが輝いているような気分だった。
「あー、やっぱこれからは会ったら挨拶しなきゃだよね!緊張するなあ。でもそっからお話し出来るようになるかもしれないんだし、今が頑張り時だ!」
 浮かれるばかりに言葉をそのまま口に出していると、
「うん、レポート頑張れ」
ロレンツが水を差す。わたしは舌打ちするとカバンからレポートを引っ張り出した。
「じゃーん!『ワイツ王国とレエ男爵についての考察』。完璧よ」
 受け取ったロレンツはぱらぱらとめくり、感嘆の声を上げる。
「おお!さすが!オカルトな歴史になると違うな!」
 レポートの主題となったレエ男爵は「夜な夜なあんなことやこんなことやって変態ぶりを発揮しただけで無く、本気で金を作るべく錬金術にはまって怪しい儀式で悪魔を呼び出し、その悪魔に食われちゃった」人物である。わたしの得意な分野だ。
 そう胸を張るも、ふと思い立つ。
「……話し掛けるにしても、こういう話題じゃ駄目よね。普通の男の子ってどんな話しが好きなんだろう」
「デーモンの出てこない話しだろうな。……そんな事より、お前達大丈夫なのかよ」
 小声になるロレンツに首を傾げるが、言葉の意味を飲み込む。わたしの退学の噂を知っているくらいだ。パーティメンバーの話しだろう。
「う、うるさいわね。そういう自分は……と、そっか……」
 わたしは抗議の声を途中で詰まらせる。彼、ロレンツは「研究科」に行く事が決まっている。研究科とは魔術師クラスにだけある制度で、通常の生徒のようにクエストで単位を取るのではなく、魔導の研究にのみ専念出来るクラスだ。そこの現研究員たちからのスカウトを受けたことは大変な名誉であり、ロレンツ自身も冒険活劇をするより研究に没頭する方が魅力的らしく、早々と進路が決まっているのである。
「来週まで時間があるっていっても、時間が経てば経つほど人材は減っていくんだぞ」
「……うん」
 まとも過ぎるロレンツの指摘にわたしは気持ちが萎えていき、うなだれるしかなかった。
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