一章 探せ!ぼくらのリーダー
嫌味なメガネ1
 わたしは不器用な人間なのだろう。
 三期生に上がる日、年度初めの学園に登校するバスの中で初めて彼を見かけた。驚くほど綺麗な顔の少年に、わたしは初めて人の顔をじっと見るのが恥ずかしいと感じた。目が合うかもしれない、と考えただけでもう一度彼の方を振り向き見ることが出来なくなってしまった。
 二週間後、クラスメイトの噂好きが話しかけてきた。
「ねえ、今年からファイタークラスに入ってきた人で、びっくりするくらいかっこいい人がいるの知ってた?」
 とっくに知っていた。なぜならわたしが会った日が、彼の初めての登校日だったのだから。
 話しをしてきたクラスメイトは一期生の時も同じクラスで、初年度の恒例行事『懇談合宿』の時も一晩中、恋愛話をしているような子だった。好きな人を聞かれたわたしは「全員好きな人がいる」という事実に面食らっているような遅れた状態で、無理やり近所の生まれたばかりの男の子の名前を出すような有様だった。十二になったばかりの歳の苦い思い出だ。
 転入生の話題に盛り上がるクラスメイトに、曖昧にしか返事が出来ないわたしだったが、一つ誇らしいことがあった。住宅地と少しずれた場所に家があったわたしは、通学路が同じになる同級生がいなかったのだが、噂の彼とはよく行き帰りが同じになった。同じバスを使っている、というだけで優越感に浸れたのだ。
「ヘクターって剣の腕前も凄いんだって!」
 一月後、クラスメイトの噂話で初めて彼の名前を知ったわたしは、早くも優越感が崩れ去った。この頃になると何かしら理由をつけてファイタークラスの校舎に入り込むクラスメイトが沢山出てきた。わたしはそれを羨ましく見ながらも、興味が無い振りをした。「話し方が優しい」「目が綺麗」など騒ぐ声の中、「でもちょっと近づきがたいよね」という意見にほっとしたわたしは、きっと褒められた性格ではないだろう。
 魔術師科二クラスとファイタークラスには見えない壁があった。前者には女の子が多く、後者は男の子ばかりだからだ。それに目指すものが180度違うというのは共通の会話が生まれない。でもきっと彼がソーサラーを目指す人物だとしても、わたしはずっと話しかけられないままだったに違いない。現に噂話の輪にも入れず、彼と仲良くなった女の子がいないかどうかに耳を澄まし、いないと分かるとほっとしているような嫌な子だった。
 二月後、わたしも初めて彼の声を聞いた。帰りのバスの中、彼が席を譲ったおばあさんは大きな荷物を抱えていた。
「どこまでですか?」
「悪いわ、そんな」
「いいんです、ちょうど俺も降りる所だから」
 そう言っておばあさんの荷物を持ち、足取りのゆっくりなおばあさんと共に彼が降りて行ったのは、いつも降りるバス停の二つ前だった。帰ってから練習した「昨日見てました。偉いですね」という台詞が使われることはなかった。
 背の高い彼は学園のどこにいても目立ち、常に遠巻きに見ている女の子がいた。それを更に遠巻きに見ているわたしに、彼に近づく機会など一生無いんだろうな、と思い始めていた。


 人生何があるか分からないものだ。たった十五のわたしにそれを教えてくれたヘクターが、今隣りに座っている。緊張から話し掛けることはおろか、頭の天辺から指の先まで動かすことが出来ない。そのわたしの空気が伝わっているんだろう。彼の方も居心地悪そうに顔を触ったりしているのが、気配で分かる。
「やだお母さん、荷物忘れてるよ?」
 そんな声と人の降りるばたばたとした雰囲気に顔を上げると、普段ヘクターが降りている停留所なのに気がついた。
「あ!ちょっと、こ……」
 ここで降りなくていいの?と聞こうとするが、慌てて抑える。これじゃまるでいつも見ているのを教えるようなものだ。そして今の動きで初めて間近で顔を合わせてしまった。そのまま再び固まってしまう。
「あ、俺の降りる所は気にしないでいいよ」
 そう微笑む顔に頭がくらくらする。なんでこんなにいい人なんだろう。せめて黙ったままなのは何とかしたい、と回らない頭から無理やり会話を引き出す。
「い、いつもはこんな遅いわけじゃないの。今日はたまたまで、何か色んなことがあった日だったから」
 自分でも何言ってるのか分からない。漸く出てきた台詞が意味の無い自分語りとは。カバンの持ち手をぎゅうぎゅうと握りしめた。
「うん、知ってる」
「え?あ、そうかあ、はは」
 汗をかきながらヘクターの答えに頷くが、少し首を捻る。何を知ってると言ったんだろう。もしかして『色んなことがあった』に対して言ってるんだろうか。もしや今日の演習場の騒ぎの事を……、と流す汗が冷や汗に変わった。
 横目に見えた窓の外の景色に再びはっとする。自分の降りる停留所だ。
「あ!降ります!降りまーす!」
 わたしは立ち上がり、いつもには無い大声を上げながら手を上げる。前に座るおねえさんにくすりと笑われてしまった。
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