一章 探せ!ぼくらのリーダー
オカマ、嘆く1
 変り者のエルフが学校に入って来た。
 そんな話しを聞いたのは、わたしが三期生に上がった時だった。人間より遥かに寿命が長く、また魔力や精神力でも人間のそれとは比べものにならない程優れている彼らは、基本的に人間界には立ち入らない。それは立ち入る理由がないからである。
 たまに物好きなエルフを町中で見ることはあっても、それは「人間の観察」目的だ。人間より確実に優秀な生き物であるエルフが、間違ってもその人間から物を教わろう、などとは思わないだろう。
 ところがどっこい、アルフレート・ロイエンタールはプラティニ学園に入学して来たのだ。
 当時、そんな彼を一目見ようと学園中の生徒が彼の元へ詰め掛けた。わたしもその中の一人。精霊使いとして超が付くほど優秀なことと、エルフ特有の線の細い美貌を持つ異種族を、色恋とは別の憧れの目で見たものだ。
 しかし、わたしの予想とは少々違う場所に彼はいた。
 「バードクラス」
 そう、吟遊詩人のノウハウを学ぶクラスにいたのだ。エルフのイメージといえば、いうまでもなく精霊魔法の使い手としての魔術師の姿だ。しかしながら、ああ、魔法はもう習うことなんてないんだろうな、ちょっとした趣味のつもりで音楽でも習うのかもな。あの見た目だもの、さぞかし様になるんだろう。誰もがそんなことを考えていたと思う。今となっては当時の自分に忠告してやりたい。彼の歌を聴くな、と。
 若き少年少女に軽くトラウマを与える結果となった歌声と連日割られるガラス窓に、いつしか彼の学園でのあだ名は『歩く鼓膜破壊機器』。学園に入ってくるようなエルフがまともなわけがなかったのだ。
 そんな彼とわたしが知り合ったのは、彼の意外な一言だった。
「お前はアルマ・ファウラーの孫か?」
 アルフレートはわたしの祖母であるアルマ・ファウラーと知り合いだったのだ。彼曰く、わたしと若かりし頃の祖母はそっくりらしい。わたしが驚きながらも肯定すると、彼は何やら嬉しそうにニヤニヤ笑い、それから何かと話しかけてくるようになった。
 しかしその後、アルフレートから祖母の名が出てくることはない。わたしと祖母も離れて暮らしている為、アルフレートと祖母のつながりはよくわからないままだ。
 もしかして一緒に冒険なんかしてたのかな、とアルフレートの横顔を見ながら思う。わたしの祖母は両親とは違い、魔法使いだったからだ。その才能をこんな形であれ、引き継いだのがわたしになる。
 その辺の話しも一度聞いてみたいものだな、と食べ終わったサンドイッチの包みを丸めた。するとそれを見ていたのか、ローザがローブの懐から何かの紙を出す。
「これ、記入して教官のところに持っていきましょう!こんだけ早い結成なんてあたし達が一番かも!」
 見るとパーティ編成書の記入用紙だった。メンバーの名前と所属クラス等を書き込む欄がある。日の光を反射する白い用紙に「いよいよだね」と呟いていた。
 わたしの魔術書の表紙を下敷きにして全員の名前を書き込む。出来上がったそれをわたしは手に取ると、
「じゃあ教官室行こうか!」
と全員の顔を見た。
 昼食の残骸を片付け、鼻歌なんて口ずさんじゃったりしながら教官室に向かう。廊下を歩き、見えてきた茶の重厚な扉の前に立つとノックした。くぐもった「どうぞ」の声に意気揚々と中に入り込む。
 机と積みあがった書類で構成された教官室、入り口から一番手前の席にいるメザリオ教官はわたしの顔を見て目を丸くした。しかしぞろぞろと続く仲間の顔を一つ一つ見る毎に、どこか遠い所を見るような目つきに変わる。
「……どうした?」
 低い教官の呟きに、わたしは記入してきた編成書を差し出す。
「はい!出来ました!普段の仲良しグループですけど、良いですよね?」
 明るいわたしの声に、
「ああ、うん……」
呻きのような教官の声。その対比に、漸くわたしは空気がおかしい、と気付いた。顔を上げると室内にいる教官達が全員こちらを見ている。戸惑っているわたしにメザリオ教官は静かに言い放つ。
「却下」
「え、な……なんで?」
 突っ返されたメンバー編成書を手にしながら、わたしは辛うじて乾いた声を出す。
「なんでも何も……メンバーが片寄りすぎだろう」
 メザリオ教官は溜息をついた。わたし達五人はお互いの顔を見回す。
「でも、人数の問題もクリアしていて、クラスだって一人も被ってませんよ!?」
 詰め寄るローザに教官は答えにくそうに口を開く。
「それは認めよう。仲良しグループだって別に構わない。しかしね」
 口篭るメザリオ教官の後ろから一人の女性教官が顔を覗かせた。
「言いにくいなら代わりに私から言いましょうか?」
 冷たい声と女性教官の光る眼鏡に、わたしは思い切り身を引いてしまった。
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