一章 探せ!ぼくらのリーダー
電波女1
 予想外にぽーっとしていた時間は長かったらしい。魔術師科の校舎に戻った時には授業が既に始まっていた、という失態を犯したわたしは忍び足で再び表に出る。
 こうなったらサボりだ。幸い世界史の授業は年度始めなので適当なお話しで終わるはずである。そして何故か世界史だけは成績の方も無駄に良かったりするので、色々な意味で余裕があった。
 校舎を出るとグラウンドを眺める。再びファイタークラスの威勢の良い声と姿を見つけ、咄嗟に植え込みに隠れるものの期待した彼の姿は無かった。
 そのままその場にしゃがみ込み、ぼんやりとしながら暇を潰す事にする。
 パーティメンバー集めか……。わたしに出来るんだろうか。
 先程のフロロの話しを思い出し、溜息が漏れた。
 プラティニ学園では五期生から本格的な冒険へ出る『校外授業』が始まる。同じ学年でメンバーを募り、パーティを組んで学園が用意したクエストに出掛けるのだ。
 パーティ組みに教官達が絡む事は余り無く、生徒達は自分達の手でパーティを作り上げる。もちろん全員が魔術師などという「パーティとしての機能が得られていないもの」は不可になる。
 スムーズにバランス良く仲間を集められるか、も冒険者にとって重要なスキルなのだ。毎年この時期になると五期生達が慌しく仲間集めに翻弄しているのは見てきたはずなのに、ころっと忘れてしまっていた。学年全体の人数に比べてソーサラークラスの生徒は少ないので、嫌でもあぶれることはないかな、なんて甘い考えもあったことは否定しない。しかしフロロの言葉で急激に不安が押し寄せる。
 わたしが他の人の立場だった場合、自分と組みたいと思うだろうか……。はっきり言って自信ない。魔法は駄目、どころか暴走の連続で周りの命が危ないレベル。キーラのように何にもしなくても良いから傍に置いておきたい!と思わせるような美貌も無い。それどころか黒に混じって一人だけ派手なローブ着込んでるって『イタイ子』扱いなんじゃ……。
 今更になって嫌な汗が吹き出た。
「ま、まあキーラには『可愛い』って褒めてもらったしね」
 意味の無い慰めの言葉を吐いた時だった。
「どっせい!」
 威勢のいい掛け声と共に頬を何かが掠める。植え込みをメキメキとなぎ倒しながら現れたそれは、勢いそのままに後ろの校舎の壁を叩きつけた。ごうん!という衝突音と飛散する壁の破片。
「ひ、ひえー!ひええー!!」
 情けない悲鳴を上げながら壁に出来たクレーターを凝視する。校舎の壁にめり込むのは棘棘の付いた巨大なウォーハンマーだった。腰を抜かすわたしの頭上から可愛らしいがどこか棒読みな声がする。
「リジアじゃないですかあ」
 振り返る先にいたのは黒髪の美少女。ぱっちりお目目の人形のような顔にウェーブした美しい髪。ピンクのギンガムチェックのミニスカートワンピースの上に、フリフリのエプロン。ツインテールの髪型といい『ロリータファッション』というやつだろうか。肩に背負い戻したウォーハンマーが大分浮いている。
 その彼女を睨みつつ「出たな、電波女……」とわたしは呟いた。
「そんな所にいたら危ないですよお?」
 間延びする声にわたしは立ち上がり怒鳴る。
「危ないって!あんたに危なくされたのよ、イルヴァ!」
 彼女の名前を呼ぶと目の前の電波女――イルヴァ・フリュクベリは唇に指を当て答える。
「うさぎさんかと思ったんです」
 その答えにわたしは絶望と共に崩れ落ちる。わ、分からない。その答えが、意味が、何もかも……。
 イルヴァ・フリュクベリはわたしが知る中でも最も不思議な生物である。まず彼女はファイタークラスの生徒のはずなのだが、いつもこんな謎のコスプレ姿だった。ファイタークラスの生徒といえば皆、動きやすいズボンにブーツ、上は革鎧や防護服が一般的だ。そんな中で彼女だけは今日のようなロリータファッションや時代から丸ごと間違えたようなお姫様ドレス、きわどい水着やらボンデージ、かと思えばフルプレートアーマーなどとにかく幅広い。
 極めつけがこの会話の成り立たない『電波』さだった。無表情が崩れるところを見たことがなく、口を開いたかと思えば意味の分からない言葉が飛び出るのだ。彼女の場合に限っては「演技であって欲しい」と思ってしまう。
 再び立ち上がり、膝についた葉っぱを払っているとイルヴァに手を取られる。
「リジア!イルヴァとパーティ組みません?」
「え!?」
 言われたわたしは一瞬、笑顔になる。が、直ぐに眉間に皺寄せた。
 イルヴァは電波だがファイタークラスの生徒だ。わたしが一番知り合いのいないクラスだったりするので、この誘いは少し嬉しい、のだが……。
 『破壊王』と『電波女』、これ以上危険な組み合わせも無い気がする。他のメンバーを探すにあたって、こんなに強力な敬遠される要素を作っていいものだろうか。
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