一章 探せ!ぼくらのリーダー
エルフの歌声2
 植え込みを乗り越え、散乱するガラスの破片を避けながら問題の校舎に近づく。光を遮るものが綺麗さっぱり無くなってしまった窓から中を見ると、見知った姿が現れた。
「なんだ、暇人共」
 そう言って翡翠色の瞳で睨んでくる一人の青年。真っ白の肌に少々目つきは悪いが美しい顔。黒い髪から覗く耳は人のそれより大きく尖っている。そう、彼はエルフ族である。
「なんだ、じゃないわよ、アルフレートおおお!」
 わたしの怒りの声にアルフレート・ロイエンタールはひょい、と肩を竦めた。エルフには珍しい黒髪が揺れる。真っ黒に見えるが日に透けると深い藍色をしていた。人間とは色素が異なるのかもしれない。
 その彼が細身の体の脇に抱える楽器を見て、わたしは身を乗り出した。
「あんた『また』歌ったのね!?なんで余計なことするのよ!」
 彼の抱える小さめの銀のハープ。その美しい装飾が哀れに見える程、彼は酷い音痴なのだ。いや音痴、などという言葉に当てはめていいものか。歩く鼓膜破壊機器であるアルフレートはわたしと同じように学園で疎まれている一人である。
「さっき、演習場から派手な爆音がしたなあ。何だったんだ?」
 しらじらしい質問と共に目元に手を当て、窓の外へ視線を動かすアルフレートをわたしは押し戻す。
「そんなのはどうでもいいの!何で歌ったのよ!?窓ガラス割るの何回目?」
 その質問にアルフレートは校舎の中を指し示す。ローザと一緒に差された先を覗き見ると、アルフレートが立つ後ろに見える教室に一人の教官が倒れていた。
「大変!」
 ローザが悲鳴を上げつつ校舎内に侵入する。その後をわたしも追う。
 泡を吹いて白目を剥いている哀れな教官にローザが治癒の魔法を唱える。その光景を前に、
「『呪歌』のテストだったんだ」
 アルフレートはつまらなそうに言い放った。ならしょうがない……のだろうか。わたしも似たような状況で先程の騒ぎを起こしたのは間違いない。わたしはもう一度アルフレートを見る。
「他の生徒は?」
「テストは一人ずつだったから、隣りの教室にいる」
 その答えに嫌な予感がしたわたしとローザは顔を見合わせた。
 うめき声を上げるまで意識を回復させた若い教官は一先ず置いておいて、隣りの教室までやってくる。扉の上部にある小窓までもが綺麗に割れていた。
「……ああ」
 ローザが絶望したように膝をつく。開いた扉から見える教室内には、テスト待ちだったのであろうアルフレートのクラスメイト達が、楽器を手に持ったままの姿で倒れていた。全員が引き付けを起こしたように崩れている姿はホラーだ。
「緊急事態よ……。リジア、プリーストクラスの子達を集めて来て。授業始まる時間になっちゃうけど、この状況じゃ教官も許してくれるでしょう」
 ローザの指示にわたしは頷き、その場を駆け出そうとする。
「アンタも行くのよ!」
 ローザがアルフレートのお尻を蹴飛ばした時だった。
「学園の二大破壊王が今日は大活躍だね」
 子供のような甲高い声にわたしは窓を見る。窓枠に座り込む可愛らしい姿が四つ。全員がにやにやとこちらを見ていた。就学前の子供ほどの背丈に猫のような耳、尻尾が生えた彼らは『モロロ族』という種族だ。その中の一人、茶色い髪にクリーム色の耳をしたモロロ族が廊下に降り立つ。
「この時期にあんまり悪目立ちしない方がいいんじゃないの?」
「どういう意味よ、フロロ」
 わたしはモロロ族のリーダー格である彼の名前を呼ぶ。フロロはその丸い顔ににやーっと笑みを浮かべた。
「五期生に上がったっていうのに暢気なもんだね。今年からいよいよパーティ組み始めるっていうのに」
 フロロの言葉に漸くはっとする。そうだ……、今年からわたしは学園の五期生に上がったんだ。そろそろ実際に冒険に赴くパーティを組まなきゃいけない時期じゃないの。
「果たして『破壊王』と組んでくれる奇特な人は見つかるのかねー!」
 そう叫びながらモロロ族四人は廊下を駆けていく。
「ちょ、待ちなさい!野次馬ばっかしてないで呼びに行くの手伝ってよー!」
 わたしは思わず追いかけるが、足の速さなら数いる種族の中でもトップクラスのモロロ族に追いつくことは出来なかった。「うきょきょー!」という腹の立つ笑い声が遠ざかっていく。
 仕方が無い、このままの足でプリーストクラスに向かうか、とむかむかした気持ちで校舎の出口を目指す。ごおん、とお腹に響く音で鐘が一度鳴る。まずい、予鈴だ。無責任だけどプリースト達を呼んだら、自分は授業に駆け込まなきゃ。
 見えてきた表の明かりに廊下を曲がりかけた時、わたしは慌てて足を止め、身を隠す。校舎の入り口の開け放たれた扉の前にいるのは、先程のモロロ族に囲まれた銀髪の少年の姿。その長い足にまとわりつくモロロ族の一人一人の頭を撫でると微笑む。わたしはその光景にぽーっと見とれてしまっていた。
 彼らがいなくなってからふと気がつく。……アルフレートがいない。わたしは再びむかむかとしながら走り出した。
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