一章 探せ!ぼくらのリーダー
黒の魔女たち2
「ロレンツ・ダフィネ、前に出なさい」
「はい」
 メザリオ教官の指示に立ち上がると、ロレンツは広い演習場内を歩いていく。いやらしく眼鏡を上げながら大きな的の前に立つと、呪文を唱えていった。彼の声に空気中を漂う未知の粒子、マナが応え、震える。
 やがてロレンツの胸の前に赤い火の玉が現れる。凝縮したマグマのようなそれは、的を指差すロレンツの動作に合わせて飛んでいく。
「ファイアーボール!」
 灰色の的に当たった瞬間、轟音が鳴り響く。爆発した火の玉が視界を赤く染めた。思わず目を瞑る生徒もいる。特殊素材で出来た灰色の巨大な的は形こそ保っているが、着弾した箇所が赤黒く染まっていた。
「お見事!」
 メザリオ教官の声につられて皆、ロレンツに拍手した。照れくささの裏返しなのかロレンツの気難しい顔が更に仏頂面に変わった。
「さ、次は一人ずつ私の前で披露してもらうぞ。並んで並んで」
 教官に言われて率先して前に並ぶ者、わたしと同じように小さくなりながら後ろの方に並ぶ者、その差は自信の有る無しに違いない。出来れば逃げ出したいわたしは最後尾に並び、『永遠に列が途切れなきゃいいのに』と思いながら痛くなってきたお腹を摩った。
 一人一人順番に『ファイアーボール』を披露していく。ロレンツと同じように綺麗に的へ当てる人もいれば、豪快に天井へと放ってしまう人もいる。かと思えば的まで届かず床に小さな焦げを作るだけの臆病な人もいた。魔法というのは個人の性格が表れやすいのだ。
 その全てが建物に被害を出していないのは、普段から演習場一帯に教官達が施した結界が何重にも張られているからだ。ロレンツが先程頼まれたのは「ダメ押し」なのだ。そこまで慎重になる理由には、今日の実習がファイアーボールという比較的攻撃力の高い魔法であることと、もう一つある。
「……最後か。リジア・ファウラー、さ、やってみなさい」
 心なしか教官の声が裏返る。周りにいる皆の空気も一変し、ぴんと張り詰めた。ごくり、と喉を鳴らしたのはわたし本人だけじゃなかったはずだ。
 わたしはつっかえつっかえしながら呪文を唱えていく。つっかえるのは呪文の詠唱の暗記が覚束ないからではない。不安だからだった。
 やがてわたしの胸の前に現れた火の球に演習場がざわつき始める。皆のものより明らかに大きくわたしの背丈の半分は有りそうなファイアーボールの火の玉は、形もいびつに変わりまくり汚い。
「ファイアーボール!」
 わたしのヤケクソの発動の言葉の後、演習場には生徒の恐怖の悲鳴が響き渡った。
「いやー!」
「やだ!こっち来ないでよ!」
 わたしの放った火の玉は的へ飛ぶどころかゆらゆらと不気味な動きで演習場内を漂い始める。右へいったり左へ行ったり、生きているかのように飛び回った。
「お、落ち着け!落ち着いて外へでなさささい!」
 自身も全く落ち着いていない声でメザリオ教官が叫んだ。火の玉が動くたびに絶望したような悲鳴の合唱。わたしはといえばただ唖然と腰を抜かしているだけだった。
「ばか!お前も出るんだよ!」
 ロレンツがわたしの腕を引っ張り持ち上げる。我に返ったわたしは入り口へと走った。その瞬間、地面を揺らす爆音が後方から響き渡り、足がふらつく。振り返ると厳重な結界を施してあるはずの演習場の壁が一部消え去り、表の美しい空を覗かせていた。
一瞬の遅れの後に襲いかかる熱風に息が止まる。「火事よ!」という叫びの通り、演習場に炎が広がり始めている。危険が来襲した際に鳴り響く警報が非日常感を加速させた。
「どうした!?」
「生徒は無事か!?」
駆けつけた他の教官達の無事を確認する声に混じって「またかよ……」という呆れの声もする。
全員の無事を確認した教官達が消火活動を開始する後ろで、わたしはひたすら冷たい視線に晒された。
「はあ……、本当勘弁して欲しいわ」
「自爆するなら勝手だけどね。巻き込まれるのは御免よ……」
クラスメイトのひそひそとする声に小さくなるしかない。普段なら「言いたいことあるなら目の前で言えば」とでも言い放つところだが、今はわたしが百パーセント、十割、全面的に悪いのだ。
演習場前の外廊下に面したグラウンドが騒がしくなる。
「うひゃー!すげえな!」
がやがやと騒がしい声は学園のファイタークラスの生徒達のものだった。戦士としてのノウハウを身につけるクラスにいる彼らはグラウンドでの訓練中だったらしく、抜き身の武器を持つ手を休めてこちらを見ていた。
こちらは冷ややかな視線、というわけではないが男の子達に好奇の視線を浴びて、わたしも含め周りの皆は大人しくなる。
「見世物じゃないわよ。あっち行って」
キーラがしっしっ、と手を振って追い払う集団の中、一人の男の子を見つけたわたしは素早く皆の後ろに隠れる。銀髪が揺れる綺麗な顔の少年はしばらくこちらを眺めた後、クラスの男の子達と一緒に去っていった。
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