一章 探せ!ぼくらのリーダー
黒の魔女たち
 わたしの一日は悪魔の話しで始まる。
「悪魔召喚なんてリスク高すぎるよね。得られるメリットもデメリットに比べて魅力無いし。術式一つ間違えただけで異界に飲み込まれるなんて、試そうって気にもなれないもん」
「命と交換しても世界をぶっ潰したいとか、狂人ならのめり込むのかもな」
 目の前のクラスメイト、黒髪の優等生ロレンツはわたしの乙女らしからぬ話題に眉間に皺寄せつつも頷く。わたしは向かう机の傍らに置いてあった魔術書をぽんぽんと叩いた。
「でも魔術書なんて難しいものになればなるほど、未完成な部分が多いじゃない。わたし達が勉強してる魔術書にも間違いや欠落箇所があったら、って思うと不安になってこない?」
 身を乗り出すわたしの真横、廊下に面した窓がゆっくりと開いて気難しい顔が覗く。
「建前だけは一丁前だな、リジア・ファウラー」
 こちらを見下ろすのはプラティニ学園ソーサラークラスの教官。わたしの学年の学年主任を務めるメザリオ教官である。名前を呼ばれたわたしは思わず立ち上がった。
「は、はい!」
 広い教室にわたしの声が響き渡る。何事かといった様子で振り返るクラスメイトは全員が真っ黒のローブを着こんでいて、目だけが爛々としているように見えた。
 メザリオ教官は自慢の口髭を触る癖を見せた後、教室中に聞こえるよう声を張り上げる。
「今日の『古代語魔法』の授業は実習だ!全員、第一演習場までくるように」
 それを聞いて一気に気分が落ち込む。皆が立ち上がりがやがやと騒がしくなる中、わたしは少々わざとらしいまでに大きなため息をついた。
「実習か。今日の被害はどれほどかねえ……」
 肩を竦めるロレンツにわたしは魔術書を振り上げる。が、さらりと避けられてしまった。睨むわたしとせせら笑うロレンツ。そこへメザリオ教官が「馬鹿共」と割って入る。
「ロレンツ・ダフィネ、お前は授業前の準備として演習場に結界を張っておいてくれ。あと、手本を見せてもらうからそのつもりで」
 教官に言われたロレンツは眼鏡の下の顔を露骨に歪めた。
「優等生は大変ねえ。教官から頼りにされちゃって」
 去っていくメザリオ教官の緑色のローブを眺めながらわたしが言うと、ロレンツは立ち上がり口を開く。
「まったく嫌になるよな。単に優秀なだけで仕事が増えるんだから。お前が羨ましいぜ」
 ぽんぽんと出る嫌味にかっとして彼の黒いローブに手を伸ばすが、またしても軽く身を引かれ、ロレンツは口笛吹きつつ教室を出て行ってしまった。
 教官の前で実際に魔法を披露する実習の授業はわたしが最も嫌いなものの一つだ。それでも授業を抜けるわけにはいかない。肩を落としながらわたしも教室を出た。
 真っ黒のローブが廊下にずらずらと並ぶ様子は見慣れない人から見たら異様な光景に違いない。でもここプラティニ学園魔術師科では当たり前の光景だ。魔術師を目指すソーサラークラスでは黒のローブを着ることが主流になっているのだ。
「今日も可愛い格好ね、リジア。貴方の金髪によく合ってる色だと思うわ」
 そう言ってわたしの腕を取ってきたのはクラスメイトのキーラ。彼女自身の見事な金髪がかき上げられると女のわたしでも見とれるような美人の顔が現れる。どこか大人びた雰囲気の彼女はいつも皆を一歩引いたところで見ている、そんな人だ。キーラの豊満な胸が腕に当たり、わたしは赤面する。
「どうして黒のローブが嫌いなの?」
 わたしの薄いラベンダー色のローブを触りながらキーラが尋ねてくる。わたしは口を尖らせつつ答えた。
「……可愛くないから」
 それに対してキーラは嬉しそうにくすくす笑った。
「まあ別に魔術師が黒いローブを着る、なんて決まり事は無いしね。……ほら、隣りのクラスの派手なこと」
 ちょうど通り掛かった教室の中をキーラは指差す。『プリーストクラス』、わたしの所属するソーサラークラスの隣りにあるクラスだ。ソーサラークラスが魔術師を目指すクラスならプリーストクラスは神官、巫女といった神職者を目指すクラスになる。同じ魔術師科だがプリーストクラスは華やかだ。それぞれが自分の信仰する神のシンボルカラーに沿ったローブを身に纏っているので白、青、赤といった鮮やかなものが多い。
 ローブも華やかなら顔も華やか。清楚で可愛い子が多い、というのも学園での通説になっている。間違っても朝からデーモンの話しをする子はいない。同じ魔法を習う女子多めの構成なのにソーサラークラスとは対極といえる。
 そんな華やかな女の園の中、一際目立つ姿が教室の中心に見える。クラスメイトの女の子達に囲まれ笑顔を振り撒く美男子。肩まである綺麗な金髪に青い瞳、そして端正な顔をした彼はヴィクトル・アズナヴールという。白地に金の刺繍が入った豪華なローブを着こなす姿は王族のようにも見えた。のだが、
「やだあ!アンタってば大胆なのねえ!」
 廊下まで響き渡るオカマボイスに隣りにいるキーラがふふ、と笑う。
「今日も元気ね、『ローザちゃん』」
 見た目はイケメン王子様、中身は乙女のオカマちゃんヴィクトル・アズナヴール――通称『ローザちゃん』はここプラティニ学園の名物でもあった。
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