一章 願う人、沈黙の魔人
バクスター夫妻
 獣脂蝋燭の匂い立ち込める薄暗い室内、
「作戦会議よ」
 わたしの一言にメンバー全員がこっくりと頷く。場所はフェンズリーまであと少しの距離の宿屋。警備団の人の助言もあって、昨日と同じ明かりがないと厳しくなってきた辺りで宿を取ったのだ。やっぱり狭い宿なので全員同じ部屋になってしまった。
 宿の人に尋ねてみたが、アンナらしき人物の話しはまたしても聞けなかった。馬がいる分、フェンズリーまで一気に行ってしまったのかもしれない。
 二つのベッドに六人が向かい合わせに座り、話し合うことにする。隣りにヘクターがいるせいで動悸が止まらなかったりするがわたしは冷静を装う。ベッドに並んで腰掛けるって……なんかエロいなぁ!?とバカな考えが浮かんでしまうのだ。意識しすぎだろ、というのは自分でも分かっている。そういう年頃なのだ。
「このまま行けば明日にはフェンズリーに着くけど、たぶんアンナはわたし達より早く進んでる。バクスター家には先に着いてると思った方がいいと思うの。問題はお姉さん夫婦にどう言い訳したものか、ってことなのよね」
「……正直に話した方がいいんじゃないかな。まあ少しは咎められるかもしれないけど、アンナ自身が自分からいなくなっちゃったわけだし」
 ヘクターが言った。
「そうね、でも問題は『エディスが今回の黒幕なんじゃないか』っていうのがあるのよね。その辺を考えると、アンナにいかにごまかされずに話を聞き出すかを考えておきたいわよね」
 ローザが腕を組みつつ溜息をつく。エディスさん黒幕説自体わたしとアルフレートの憶測に過ぎないんだけど、可能性あるものは全て考えておきたい。
「そもそも何で『イェトリコの魔封瓶』を持ってこさせたのかがわかんないのよね。アンナの反応からして、その『持って行くよう指示した人間』っていうのは確実にイェトリコの魔封瓶が本当は何なのかを知っていた人間だと思うのよ。だからこそアンナはショックを受けて、わたし達から逃げるように出て行った、って考えてる。仮にエディスだとして予測してみるわよ」
 わたしの言葉をアルフレートが引き継ぐ。
「他にアンナが庇いそうな人物が見当たらない。あの置き手紙が決定的だろうな。なんで我々を帰らそうとした?エディスに会わせたくないからだ。エディスが魔封瓶を欲しがっていたとバレたら一悶着あると踏んだんだろう。しかも父親にも報告されるかもしれない。そうなれば今後、父親は援助なんて切るかもしれない。大体、我々にはあれだけ父親の引き金だと臭わせて、そこに帰れとはいかにもあのお嬢様がやりそうなポカミスだ。帰って報告されたら何もかもお終いじゃないか」
 わたしは頷いた。
「で、本当にエディスさんが知っていて魔封瓶を欲しがっていたとして、何に使うつもりだったのかがわかんないのよ」
「上手く行かないことへやけ起こして、とかじゃないわよね」
 ローザが心配そうに言った。
「わたしもそれを一番に考えたけど……、それは現実的じゃないかな。あとは考えたくないけど戦争の道具にしようと思ったとかね」
 一族復興の為に一発逆転を狙って、大きな手柄を立てようとしていたら。そんなことしたら手柄どころか大問題だ。今現在ローラスと戦争になりそうな相手、というのも浮かばない。
「デーモン一匹出てきただけで右往左往している人間が悪魔を使いこなせるわけなかろう」
 アルフレートの言うことはもっともだが、わたしはある人物のことが頭にあった。
「そこで、よ。賢者のことがあるのよね。元々魔封瓶は賢者ウォンに開けて貰う予定だったんでしょ?彼に何とかして貰おうと思ってたんじゃないかしら」
「彼に何のメリットがある?一番危険な役目だぞ?全く、根拠も無いのにウダウダと考えるのが好きだねえ、君達は」
 お前が言うな、アルフレート。
 そう突っ込みたいが、確かにエディスさん達に会ってもみない内に、あれこれ考えるのもおかしいのかもしれなかった。
「とりあえずアンナに会わなきゃだね」
 ヘクターがアンナの名前を口にする。それはわたしに小さな嫉妬を起こさせた。小難しいこと考えてごまかしてたけど、やっぱりわたしは小さい人間なのだ、と首を垂れてしまった。



 翌日、わたし達は一軒の屋敷の前にいた。高い石壁にぐるりと囲まれた、城塞という言葉が思い浮かぶ家だ。クリーム色を基調とした柔らかなトーンで統一しているが、なぜか暗い雰囲気を感じてしまうのはわたしの先入観からか。屋根の上に止まる一羽のカラスが、こちらをバカにするように見ていた。
 フェンズリーにあるバクスター家である。町きっての名家だからか、屋敷の場所は町民の一人に聞いただけであっさりわかった。はっきり行って無策での突入である。あんだけウダウダと考えてみたが「結局、前に進んで無いですね」というイルヴァの一言で、とりあえず訪ねてみることになったのだ。
 どうしようか、と思案しているとメイドらしきおばさんが箒を持って現れた。
「あの、バクスターさんのお宅ですよね」
 わたしが問い掛けると、胡散臭さそうな顔でしげしげと睨んできた。
「わたし達レイノルズさんの使いで……」
 レイノルズ氏の名前を出した途端、メイドのおばさんは目を見開く。
「まあまあ、旦那様にお使いですね?どうぞお入りになって」
 大きなお尻のメイドさんに促されるまま屋敷内に入って行く。きちんと手入れされた庭と同じように屋敷内も綺麗だ。レイノルズ家よりも『お金持ち!』といった雰囲気は薄いが、センスが良いのだろうか。荘厳な、という言葉がよく似合う。
 客間らしき部屋に通される。
「少々お待ちください」
 そう言ってメイドのおばさんが姿を消すと、わたし達はソファに崩れ落ちた。
「この反応ってことは、まだアンナは来てないっぽい?」
「かもしれないな」
 わたしの言葉にアルフレートは頷いた。
 いきなり予測が外れる。となるとどこかで追い抜いた?何かトラブルに巻き込まれたとかじゃないといいけど。 暫くすると、ぱたぱたという足音が近づいて来た。先ほどのメイドさんである。
「お待たせしました。こちらにどうぞ」
 付いていくと長い廊下を歩かされる。屋敷の奥に通されるということはプライベートな空間じゃないだろうか。重厚な扉の前に来るとメイドさんはその扉をノックした。
「入りたまえ」
 中から聞こえてきたのは若い男性の声。噂の切れ者マルコムだろう。大理石のようなマーブル模様のダイニングテーブルが目を引く部屋、二人の人物が席に着いている。中にいたのは茶の髪に青い瞳という珍しい組み合わせの男性。仕立ての良さそうな服にマントをしている。隣りにいる人物は一目でわかった。アンナにそっくりな黒髪に意思の強そうな眉。しかし受ける印象は正反対である。柔らかくほんわかした雰囲気の女性、エディスであろう。
「アンナがいないようだが……、君達は?」
 わたしが目配せするとヘクターが答える。
「俺たちはレイノルズ氏の依頼で来たプラティニ学園の者です。アンナさんの護衛でここまで来たのですが、途中で予期しない出来事があって別行動になってしまいました。アンナさんはまだ到着していないんですね?」
 二人はよくわからない、といった様子で顔を見合わせた。
「来ていないが……、君達がアンナの護衛だったんだろう?話しがよく飲み込めないんだが」
「あなた、まずはゆっくり話しを聞きましょう?」
 女性が低音だが心地よい声で夫をたしなめる。さて、どう言い訳したものか。
「それより皆さんに座って頂きましょう?」
 女性が優しく言うと、男性の方も我に返ったように雰囲気が柔らかくなった。
「どうぞこちらへ」
 わたし達は部屋の奥に進み、手で勧められた席に座る。
「マルコム・バクスターだ」
「ヘクター・ブラックモアです」
 二人が握手する。
「こっちは妻のエディスだ。アンナに似ているだろうからすぐにわかったと思うが」
 エディスさんはゆったりと頭を下げる。
「さて、じっくり話しを聞いていこうか」
 下手にごまかすよりは素直に有りのままを伝えた方がボロは出ない。わたしはヘクターにゆっくり頷き、話しを任せる。彼の話し方なら不快感を持たせることは無いだろう。ヘクターは短く咳ばらいすると話し出した。
「まず断っておきたいのが、俺達が受けた依頼というのはアンナさんをここまで連れて来るということであって、その点でまだ完了しているとはいえないと思うことです」
「それはそうだな。ところでさっきは『まだ来ていないのか?』と尋ねられたと思うが」
 マルコムは静かに聞いてくる。ヘクターは淡々と今まで起きたことを話し始めた。学園に来た依頼内容から、アンナが見せてくれたイェトリコの魔封瓶、瓶から出て来た悪魔のこと、彼女の様子が見るからに沈み込んで、翌朝いなくなっていたこと、彼女の置き手紙のこと。もちろんわたし達の勝手な推測を省いた全てである。やっぱりわたしが思っていた通り、事実だけを淡々と話すのがうまい。彼の人柄なんだろう。
「彼女を一人にしたのが軽卒な行動だったと言われるなら、それは甘んじて受けようと思います」
 ヘクターはそう締めくくり、黙った。
「それで、アンナは、あの子はどこに行ってしまったのでしょう」
 エディスの言葉には誰も答えられない。わたしは何となく空気を軽くしようと口を開いた。
「あの……わたし達の進みが早くて、まだ彼女一人では着いていないだけなのかもしれないです」
 それはそれで心配でもある。彼女には馬がいた分、速さでは勝っている。レイグーンを出るまでは現に早かったのだ。それを追い抜いたとすれば何かあったとしか考えられない。
 わたし達としてはアンナを捜す過程で此処に寄ったようなものだ。「いなくなっちゃったんですよ、てへへ」で終わらせる気はないが、それをどう説明すべきか……と考えていると、マルコムが意外なこと提案してきた。
「引き続きアンナを探してもらえないだろうか。君達の寝床ぐらいは用意出来るし、アンナにもしものことがあってはお義父さんにも顔向けできないんでね」
 これはわたし達にとってもありがたい。わたしは考えるまでもなく頷いた。
 マルコムの提案はこうだ。わたし達はフェンズリーを中心に出来るだけアンナの捜索を続ける。七日経ってもアンナが見つからなかった場合はレイノルズ氏に連絡をする。誰も何も反論はしなかった。
 続いてイェトリコの魔封瓶の話しになった。
「本当に悪魔が出てきたのか?」
 マルコムが眉間に深く皺寄せ聞いてきた。
「……じゃああれは本当にレイノルズ家の先祖が願いを叶えてもらったものだと伝わっていたんですか?」
 わたしは逆に聞いてみる。エディスに向けてだ。レイノルズ家の物なのだから彼女に聞いても不自然ではないだろう。エディスはわたしの視線が自分に向けられているのに戸惑いの表情を見せたが、これは大勢の前で喋ることに慣れていないからのように見えた。
「あれは……触れてはならない物、とだけ教わってきました。もっとも一族に纏わることは長女のグレイスにしか父も母もあまり話そうとはしませんでしたから……」
「そもそもそんなものを送ってくるなんて聞いていなかった。君達には悪いと思うがフェンズリーで封印が解かれるなんて事が起きなくて良かったと思うよ」
 マルコムの素直な感想だろう。
「ということは、やっぱりレイノルズ氏の独断だったんですか?」
 ヘクターが聞く。
「そういうことになるな。アンナが来ることだって君達が出発した後ぐらいに便りが来て知ったんだ」
 意外な話の連続にわたしは戸惑ってしまう。 「……私が軽率だったんです。ほんの少しでも大変さをこぼせば父がどういう行動を取るかは分かっていたはずなのに」
 エディスは目を伏せた。
 えーと、取り合えず整理してみると、エディスさんが実家に『毎日毎日、大変だわあ』と愚痴をこぼしたら、父親のレイノルズ氏が大袈裟に受け取って『何か送ってやる!』となったと。それを聞いてアンナも『姉様心配!会いに行きたい!』と運搬人を名乗り出たってこと?イェトリコの魔封瓶のことはやっぱりこの二人も知らなくて、それどころか本当に全員、『何かよく知らないけどすごい魔人が入っているらしいから』って認識だったって可能性もあるわけか……。
 わたしは思わずアルフレートの方を見る。が、彼は窓の外をのんびりと眺めているだけだった。
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