一章 願う人、沈黙の魔人
ノーブルゲーム
 皆の待つカフェテリアに行くとフロロの姿が無かった。
「盗賊ギルドに顔出してくる、ってさ」
 ヘクターがそう言いながらカップを渡差し出してきた。ホカホカと温かいココアだ。
「ありがとう」
 お礼を言って一口。ほろ苦さと甘さが口に広がった。甘いものがやたら美味しいと思うところに疲れを感じる。
「盗賊ギルドって、何しに行ったの?」
 わたしが聞くとヘクターは首を傾げる。
「さあ?何も言ってなかったよ」
 盗賊ギルドは他の職業ギルドと比べて、どんな小さい村にも必ず一カ所はあるたいへん力の強いギルドだ。各町のギルドとの横の繋がりも強く、どこの町に行っても影響力は強い。誰もが存在を知るギルドながら、彼らの集まる場所は誰も分からない。その場所を探しあてるのも一流の盗賊としての必要不可欠な能力らしい。力が大きい分、柵が多くまた反面、有益な情報を売ってくれるということだ。
 ということはアンナの情報でも聞くためかフェンズリーの状況を聞きに行ったとも考えられる。
「で、どうだったんだ?何も戦利品が無いようだが」
 アルフレートがわたし達の手ぶら姿をチラ見して聞いてくるが、ローザは聞こえない振りを決めこみ窓の外の通りを見て紅茶を飲んでいる。が、イルヴァがその顔を無理矢理テーブルへ向けた。ぐきり、と嫌な音がする。
「いたあ!何すんのよ怪力娘!」
「オカマに言われたく無いですう。早く結果を言え、ですう」
 ローザはわたしをチラリと見ると溜息をついた。
「……黙ってるわけにいかないわよ、ローザちゃん。まあ別にローザちゃんのせいだけじゃないし、わたし達皆知らなかったことなんだから」
 わたしが促すと渋々といった様子でローザは果物屋での出来事を話し出した。



「コマツナ、って……あの何処でも売ってるアレ?」
 何気なく傷をえぐったのはヘクター。
「何処でも年がら年中売ってるやつですねえ」
 イルヴァは確実に嫌味で言っている。絶対。アルフレートは案の定、爆笑していた。
「だーかーらー!全員知らなかったでしょうがっ!連帯責任!」
 わたしが声を張り上げるとヘクターは「ゴメン」と謝ってくる。
「いや、そういうわけじゃ……」
 わたしは慌てて取り繕う。ローザはぶちぶちと、
「だから言いたくなかったのよ」
などと呟いていた。
「いやはや、首都まで出向いたのに何も用は無かったわけだ。しかも此処に来る為に受けた依頼が面倒なことになってるとはなぁ。お前らも大変だな」
「なに人ごとみたいに言ってんのよ、アルフレート……。ま、あとはアンナを見つけるだけ、ってすっきりしていいじゃない」
「リジアってばまた、あの逃げてった悪魔のこと忘れてますよ」
 イルヴァに言われてはっとするが、決して『逃げてった』わけではないだろう。
「あいつに関しては……、アンナを無事見つけたらアンナのお父さん、レイノルズ氏に何とかしてもらった方がいいわね」
 わたし達にどうこう出来る次元を超えているのは認めなきゃいけない。今回の発端がレイノルズ氏だろうとそうじゃなかろうと、持ち主にどうにかしてもらわなきゃ。もしかしたら第二の魔封瓶(未使用)みたいなのもあるかもしれないし。
 そんな話しをしている間に、フロロがひょっこり現れる。
「あーお腹すいた」
 そう言いながら誰かの飲み残しを一気に煽る。
「おかえり。何か良い情報聞けた?」
 わたしの質問にもただ「お腹すいた」と答えるフロロ。
「……じゃあ、お昼食べに行こうか」
 そう言うとにやり、と笑い、
「じゃあ話しは御飯食べながらということで」
と言ってさっさと出て行く。こんなにのんびりしてていいんだろうか……。さっさとアンナを追いかけるべきでは?という気持ちと、フェンズリーに行くことはわかってるんだからとりあえずは大丈夫、とも思う。
「どうしたのよ、リジア。御飯に行かないの?」
 ローザに言われて我に返ると、皆どやどやとカフェを出て行くところだ。全員『まずは御飯』という思考なのか……。



「まあバクスター家のことはフェンズリーのギルドで聞いた方が詳しい事聞けるぜ、なんて言われちゃったんだけど」
 そう前置きしてフロロは話し出す。
「首都の人間から見たバクスター家、っていうのも一応聞いとこうと思ったわけ。典型的な『都落ち』一族みたいな扱いみたいだね、首都じゃ。あの姉ちゃんは遠い親戚だからか、あんまり悪く言いたくなかったみたいだけどさ」
 話しながらもクリームスープパスタをはぐはぐ食べるフロロ。
「親戚?」
 アルフレートがキラリ、と目を光らせる。
「そう。レイノルズ家とバクスター家、元は同じ一族の出なんだってさ。言っても随分昔の話しらしいから『遠い遠い親戚』だけどね。前当主のメルヴィン・バクスターが――……」
「アンナのお姉さん、エディスの旦那さんのお父さん、って人のことね?」
 ポケーっとした顔のイルヴァのためにわたしは復唱した。まあ意味ないだろうけど。
「そう、あのスパイを匿ったとかいう容疑で逮捕寸前までいったとかいう……簡単に言えば『嵌められた』親父さんのこと」
「私から言わせれば嵌められる隙があった時点で能無しだ」
 アルフレートの言葉にローザは頬をひくつかせる。とんでもない暴言だけど、まあそういうことなんだろうなあ。
「そういうこと、事実はどうであれバクスターは駆け引きのゲームに負けたんだよ。だから首都を去る以外なかった。……今の国政を動かす連中にとっちゃ、昔は領土争いしていた関係がそのまま政治の場で同じように争ってるらしいからね。足の引っ張り合いで誰が一番上まで登り詰めるかしか考えてないんだってさ。その争いに敗れた哀れなメルヴィン・バクスターは地位も名誉も失ってフェンズリーに引っ込んだ、っていうのが旧貴族の間の認識らしいね」
「要するに周囲も『スパイがいたか』とか『事実、匿ったのか』よりもバクスターって一有力者が引っ込んだ、ってことの方が重要ってことよね?」
 ローザは眉を寄せる。
「それってさ、ローラスは平和だからいいけどどこかと戦争、なんて日がやってきたらやばいんじゃないの?」
 わたしは単純な感想を述べる。ローラス共和国は凶悪なモンスターも少ないし、何かとトラブルの原因になりやすい古代遺跡なんてのも少ない。一見平和でのどかな国だが内情がこんなじゃ、住んでる身としては心許ない。
「そう思うのは人間ばかり。いつだって争い事大好きな連中だよ、君らは」
 アルフレートは面白そうだ。
「こんな時だけエルフみたいなこと言わないでよ……」
 わたしはカボチャスープを啜りつつ呟いた。
「ま、アルの言う事はモロロ族の俺からしても気持ちはわかるけどね。ええと、とにかくバクスター家の今の評判はそんな感じ。で、それより前にメルヴィン・バクスターがバリバリ国政の場でがんばってた頃の話しは」
「ねえねえリジア、デザート頼んでいいですか?」
「好きにしていいから黙っててよ、イルヴァ」
 結構強めの口調で言ったにも関わらずイルヴァは顔を輝かせてメニューを捲りだす。食べることが一番重要な娘なのだ。
「やり手だからこそ敵が多いタイプだったみたいだね、先代は」
 フロロは続きを話し出す。見た目が子供にしか見えない彼がこういう話しをする姿はなんとも不思議だ。
「自分の故郷のフェンズリーに恩返しみたいな事もやりつつ国に尽くす、ローラス共和国に忠誠を誓ったような熱い男って感じだったんだってさ。実際、逮捕劇なんてことが起こるまではギルドの方でも黒い噂なんてのは掴んでなかったらしいから……まあこういうタイプを煙たがる人間は少なくないからね」
「じゃあ本当に無実の罪だったんじゃないの?」
 わたしが聞くとフロロは首を振る。
「さあね。ギルドの人間も、俺も、本当のところはどうだったかなんて興味は無いし。ただこの辺はフェンズリーでもう一度聞いた方がいいかもね。地元ならではの話も面白そうだ。あとは……ああ、そうだ息子のことだ。メルヴィンの息子、マルコム・バクスター。エディスの旦那」
「ああ、それ聞きたい。あたしもあんまり知らないのよね。家でもあんまり話しに上らない人だったから」
 ローザが言うとヘクターがおずおずと手を挙げる。
「あのさ、気になってたんだけど、ローザはなんでそういうのに詳しいの?」
 ぽかん、とするわたし達。何を今更、と思ったが、そうか、ヘクターは知らないんだっけ。
「ローザちゃん家は貴族みたいなもんだから……」
 曖昧にするつもりはないがどうもそんな返事になってしまう。
「あんたさ、あたしの名前知らないの?」
 ローザがフォークを振りつつ尋ねる。
「え?ああ、なんか強そうな名前だったよね」
 ヘクターの言葉にローザを除く全員が吹き出した。
「……アズナヴールよ。上の名前は出さないでいいわ。……で、プラティニ学園の真面目な生徒であるヘクター君は当然、今の学園長の名前は知ってるわよね?」
 しばし考えるヘクター。と、驚愕の表情に変わる。
「あ!あ、アズナヴール!思い出した!アズナヴールだ!……って、え、ええ!?」
「あのー、続き話していい?」
 何度目の脱線かわからない話しの進まなさにいい加減、フロロも不機嫌顔だ。わたしはどうぞ、と促す。
「息子のマルコムは親父に輪をかけて切れ者って話しだよ。若い頃は何年か外に勉強に行かされたりしてたんだって」
 勉強、といっても別に家でも出来ることだが、わざわざ家から出てるってことは武者修行みたいなものだろうか。政治だけじゃなく、世界を見て回るようなこともしたのかも知れない。
「万を持して実家に戻って、結婚もして、子供こそいないけど非の打ち所の無い跡取り様になったのに、親父がヘマやらかしてお家は落ちぶれちゃった。それでもがんばって復興の為にあれこれ策練ってる間に親父が自殺。それでまた悪い噂が立ったもんだから、案外息子は先代を怨んでたりするかもね。もともと先代より優秀な代わりに尖った部分も多かったから。……っていうのがギルドの人の話し」
 フロロはふう、と満腹になったお腹をさすった。
「あ、そうそう、アルが喜びそうな話しがあった」
「なんだ?」
「レイノルズのあの旦那、偉そうにしてたけど入り婿なんだってさ」
「なんと、じゃあ女系一家なのか。そういや跡取りは長女とか言ってたな……。そのへんがバクスターから名字が変わった原因になるのかな?」
「そうかもね。あの親父、俺らには『現当主の……』なんて言ってたけど、厳密に言えば当主じゃなかったってわけさ。ケケケ」
「ふふん、じゃあそのへんを突けば色々面白そうだ。依頼料アップなんて話しも……」
 わたしとローザが同時に、異種族コンビの頭を叩いた。
 ったく、この二人は本当に……。



 お昼御飯を終えたわたし達はまだ日の昇っている時間であることだし、名残惜しいが首都を発つことにした。とはいってもフェンズリーに行くには今いる場所から反対方向に出なくてはならないので、町を出るだけでもかなり時間を食ってしまうだろう。
「北から入って来たんだから南の方向に行けばいいのよね」
 わたしが確認するとヘクターが道を指差した。
「こっちに行けば一本道で南まで行けるってさ」
 傍らには地元の人であろう籠を持ったおばさんが立っている。
「ありがとうございました」
「いえいえ、気をつけてね」
 ヘクターに頭を下げられたおばさんは頬を赤くし手を振っている。恐るべき天然女性キラー。
 教えられた道に出ると大きさからしてメインストリートらしいが、人はフォルフォル通りに取られているような感じだった。それでも人は多い。ウェリスペルト以上に異種族の姿も多いようだ。
「あーあ、もっと買い物したかったですぅ。せっかく首都に来たのに」
 イルヴァがぼやく。気持ちはわからなくない。アンナが一緒なら許可とって一泊ぐらい出来ただろうけど。
「しょうがないわよ。また来れる機会を作りましょ」
 わたしが言うとイルヴァは頷く。
「そうですね……今回はイルヴァもコスプレの集会に間に合うよう帰らなきゃいけないですし……」
 そっちかい。
 黙々と歩き続けていると、町の南端までやって来た為か町の警備団の人が警護にあたっている姿が見えてきた。
「町の外に出るのか?」
 先には来た時と同じように建物がちらほら見えるが、一応ここが終点らしい。わたし達が肯定すると警備団の男性は顎をさすりつつ顔をしかめる。
「どこまで行くんだ?」
「フェンズリーまでです」
 わたしが答えると表情が少し緩んだ。
「なら大丈夫かな……。まあ暗くなったら無理せずどこか宿でも探した方がいいぞ。フェンズリーまでなら街道のはずれにちょこちょこ宿屋をやってる所があるから」
「……何かあったんですか?」
 わざわざ警告する出来事でもあったのだろうか。
「いや、まだ被害は無いみたいだが上級のデーモンの姿の目撃報告があるんだ。今、上はてんやわんやさ」
 う……。青くなる私たち六人。
「どうした?」
「い、いや、怖いなーって思って」
 わたしは冷や汗かきつつ誤魔化す。考えてみれば悪魔が出現したって、普通に国家レベルで動く話しじゃないか。改めて事の重大さに気づいたりする。
「少し前に一人でフェンズリーまで向かった女性がいたんだ。冒険者風でもないし止めたんだが、強引に行ってしまってね。もし良かったら軽く目に留めてやってくれよ」
「そ、それって!?」
 わたしは皆の顔を見る。
「黒髪でおっぱいでかかった?」
 フロロが下品な尋ね方をしたせいで警備団の人は暫し口籠るが頷いた。
「そうそう、キツい感じだけど美人だったよ」
 アンナだ。やっぱりフェンズリーに向かっている。それがわかっただけでも十分だ。警備団のお兄さんに手を振ると、わたし達は首都を後にした。
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