一章 願う人、沈黙の魔人
羨望の町レイグーン
 翌朝、宿屋のおじさんへの挨拶を終えて街道に戻る。朝霧が出ているが空の様子からして今日は晴れそうだ。
「たぶん昼過ぎには首都に着くんじゃないかな」
 ヘクターの上からわたしを見下ろしフロロが言った。ずっと肩車してて疲れないんだろうか。そりゃフロロは軽いだろうけど。羨ましい……とは死んでも言わない。
「はい、リジアの分」と言ってローザが綺麗な紙に包まれた何かを手渡してきた。
「何これ?」  わたしは朝日に透かして見る。
「宿のおじさんがくれたキャンディ。旅の人にはみんなにあげてるんだって。幸運のお守りだとか」
「お守り、って食べていいの?」
「いいんじゃない?気持ちが大事よ」
 促されて口に入れると、爽やかな柑橘系の香りとほのかにミントの香り。甘酸っぱくて美味しい。
「んあっ、これハッカが入ってますぅ。ローザさんあげます」
「いらないわよ!あんたが口から出したやつなんて!」
 イルヴァとローザのやり取りにようやく日常が戻ってきたような感覚になる。いや、何も進展してないしのんびりしてる場合じゃないんだけど。



 気温の上昇を肌に感じてきた時、見晴らしのいい景色の中に建物が見え始める。
「もしかしてもう首都に着く?」
 わたしが聞くとヘクターが意外な答えを言った。
「『もう着いてる』って言ってもいいんじゃないかな。レイグーンは町の周囲に壁がないから」
「へええ、それでどんどん大きく膨らんでいった経緯があるのかな」
 レイグーンは大昔はそれ程大きな都市ではなかったという。私たちの住むウェリスペルトの方がよっぽど大きな町だったらしいのだ。それがいつの間にか逆転し、革命を機に首都が移ったのだ。
 暫く歩き続けていくと、確かに建物の数が増えてきて賑やかになってきた。露店のような姿もちらほら見受けられる。それを見てわたしはポンと手を打った。
「一番大事なこと忘れてた」
 何も反応が無いことにわたしは言葉を続ける。
「ほら、ローザちゃん、一番大事なことよ」
 それを聞いてローザは首を傾げた。
「フローラちゃんの餌!そのためにわざわざ首都行きを決めたんだったじゃない」
 ようやくハッとした顔になるローザ。
「……まさか忘れてたんじゃないわよね」
「な、何言ってんのよ、そんなわけないじゃない。あんたこそ忘れてたんでしょうが」
 ウソクセーという言葉は置いておいて、わたし達は近くにいた行商人らしきおじさんに尋ねる。
「果物なんかが売ってる所?だったらフォルフォル通りに行った方が良いんじゃないかな。あそこは地元の主婦の台所だから」
 わたしの質問に朗らかに答えてくれたおじさんにお礼を言い、町の中心部に向かうことにした。次第に家々が密集した風景になり、子供たちが路上で遊んでいる姿も見えるようになる。上空に目を向ければ首都レイグーンの名所といえる国会議事堂、通称『キャンドルハウス』の屋根も見えた。円形の本庁をぐるりと囲む八本の塔がまるでバースデーケーキのキャンドルのようだから、こんな言い名が付いたらしい。
 話には聞いていたがとても魅力ある街並みだ。みんながこぞって行きたい、と言う気持ちが分かる。
 物流の多さからか、様々な国や地域の雰囲気が入り混じっているのだという。一目で外国人と分かる出で立ちの人も多い。路面の食べ物屋を見ても近隣諸国の料理を名物にしていたり、国際色豊かだ。これなら期待出来そう。
「あ、あれ地図じゃないかな」
 住宅街の通りを抜けて広場に出た時、ヘクターが前方を指差す。花壇やベンチ、石像が並ぶ広場の中央に升目が沢山書かれた看板が立っているのだ。近寄って見てみると『首都レイグーン』の文字と大雑把だが通りの名前なんかが書いてあった。
「フォルフォル通り……ってここかな?」
 わたしは背伸びしつつ地図の上部を指す。
「うはは、リジア届かないでやんの」
 フロロが嬉しそうにフォルフォル通りの地名をさすった。
「あんたは肩車してもらってるからでしょーが!」
「くだらんことで喧嘩すんな」
 アルフレートがわたしの頭を押しのけてくる。
「この方向がキャンドルハウスなんだから、なんだ近いじゃないか。この地図でいうと我々は上から来たわけだ」
 ほうほう、と全員が頷き、さっそく行ってみることにした。



「おおう、これは……」
 わたしは思わずうめき声をあげた。丁度お昼時ということもあるだろうが、フォルフォル通りとやらにやってきたわたし達の目に飛び込んできたのは人、人、人の山。今まで通ってきた道も人通りは多かったが「まあこんなものか、ウェリスペルトと変わんないじゃん」ぐらいの気持ちでいたのだが……。ちょっと比較にならないかもしれない。
「ここに全員で突っ込んでいったらはぐれるかもね。待ち合わせ場所決めて行動した方がよさそう」
 わたしが提案するとアルフレートがさっと手を挙げる。
「私が待っててやろう。あそこで待ってるから行ってこい」
 そう言って一軒のカフェテリアを指差す。人混みが苦手なんだろうし別に良いけど無意味に偉そうなのが気に食わない。が、わたしの文句も聞かずにアルフレートはさっさと行ってしまった。
 残りのメンバーで話し合った結果、わたしとローザで露店を回ることにして他の皆はアルフレートと共に待ってて貰う。
「さ、行きましょ」
 ふん、と鼻を鳴らし気合いを入れるローザ。とりあえず人の流れに乗って一通り眺めていくことにした。
「は〜、色んな物があるのねえ」
 わたしは感嘆の溜息をつく。よく見るものから初めて見る野菜まで色とりどりのものが並ぶ店、氷の器に魚介類を並べた店もあれば巨大な肉の塊もある。魔術の道具か?と疑うような怪しい干物もあった。
「キノコだけ売ってる人もいるよ。あれ全部食べられるのかな」
「見てリジア、あれ全部スパイスみたいよ!」
 一々注目して眺めてしまうせいか、あんまり進んでいない。もしかしてわたしとローザちゃんじゃサクッと済ませるには向いていなかったんじゃ……。そんな予感がビシバシしてくるが楽しくてしょうがない。まあいいか、ちょっとぐらいの息抜きも必要だよね。と勝手に納得してローザと一緒にキャッキャと騒ぐ。
 通りの半分程に来た時だった。
「あれ、果物屋さんじゃない?」
 ローザが指さした。確かに一段と色彩鮮やかな売り場がある。見たことないぐらい巨大な緑と黒のシマシマ模様の球体が目立つ店。近寄るとわたしも何度か食べたことのあるスイカ、でも大きさがわたしが両腕を回しても届きそうにないくらい巨大だ。わたしが食べたものはせいぜい人の頭程だったはず。その巨体に『リサのフルーツ屋台』と彫ってある。看板なのだろう。ここなら南国の物もありそうではないか。わたしは屋台の向こう側にいる人物――どう見てもリサではなさそうなおじさんに声を掛けた。
「すいません」
「はい、いらっしゃい。何にする?このシュミシュミなんてどうだ、ジャムにしたら美味いぜ」
「いや……」
「ならこっちのカパランなんてどうだい?そのまま丸かじりも美味いが酒に漬けてもイケる!」
 わたしはポンポン飛び出す宣伝文句に負けまいと、勢いつけて質問する。
「探してるものがあるんですけど!イグアナって生き物の餌を探してるんです!」
 わたしの言葉におじさんはキョトンとした顔だ。
「イグアナ、って……あの爬虫類の?」
「そうです」
 フローラちゃんは厳密にいえば爬虫類ではなくロボットだが、ややこしくなるのでおいておく。
「爬虫類って、確か昆虫とか食ってるんじゃないのか?」
「違うわよ、お父さん」
 屋台の奥から可愛らしい顔が覗いた。十歳ぐらいの女の子だ。この子がリサなのかもしれない。
「イグアナは草食の爬虫類よ。葉っぱを食べるの」
 え!そうなの?わたしはローザの顔を見た。ローザも目を丸くしてこちらを見ている。
「お前よく知ってるなあ」
「友達の家にいるのよ。果物も食べるけど、あげ過ぎは良くないんですって。その子のうちではコマツナとかあげてたわよ」
 コマツナ……。とってもポピュラーな野菜で癖のない葉野菜だ。私の家の近所にある八百屋でも常にあるような野菜。スープにいれると美味い。
「……だって」
「……そう、みたいね……」
 ガックリと肩を落とすローザ。
「あげたことなかったの?」
 わたしが言うとローザは涙目になる。
「だ、だって……知らなかったし。温室に成ってたベリーの実を食べてたから、てっきり……」
 フローラちゃんに温室を宛がった際に、元から置いてあったベリーの木に成っていた実をフローラちゃんは勝手に食べていたらしい。それを見て「ああ、果物を食べるのか」と解釈したローザは果物のみをせっせと与えていた。が、本来は葉野菜を食べる性質なので食傷気味となった、ということ……らしい。ていうかロボットのはずだろ!変なところにリアルで面倒くせえ!
「ま、まあ気にしないで、ローザちゃん。イグアナの餌なんて知らないで当然よ」
「そう、よね……」
 人混みをかき分ける元気もなさそうなローザが呟く。
「ねえリジア」
「なに?」
「なんでちょろっと本で調べてこなかったんだ、とか言いっこ無しね」
「……思ってたけど口にしないようにしてたわよ」



 呆気ない幕切れとなったフローラちゃんの餌探し。わたしとローザは町の通信センターへと来ていた。
「皆には言わないで!」
とローザがわたしの肩を揺さぶりつつ叫んだ為、とりあえず解決しておこうとローザの家に連絡を取ることにしたのだ。皆、と言っていたがアルフレートとかアルフレートとかアルフレートとかのことだろう。
 フォルフォル通りよりさらに町の中心に行った所の商業施設の並ぶ通りに、一際目立つ紫色の建物。大きめの町に一つはある通信センターだ。魔導具による遠距離でのヴィジョンのやり取りや音声のみのやり取り、『コール』が出来る。中に入ると受付のお姉さんが出迎えてくれた。コールの方が値段は安めなので今回はこっちをお願いする。
「こちらへどうぞ」
 案内されるまま部屋に入ると、数台の魔導機器の前でグラス状の受話器を持った人達が話し込んでいた。何度か見たことあるけど、やっぱり不思議な光景だなぁ。
 自宅の所在地と魔導機器の番号を伝えると、係のおっさんはてきぱきとコールを操作していく。ローザのうちには個人のヴィジョンとコールがあるのだ。お金持ちだからであって、普通の家にはコールですら普及はしていない。数秒後、おっさんは手で促してきた。こほん、とローザは咳をするとグラスの形をした受話器を口に当てる。
「もしもし?ああ……ねえさん?お父様は……いや、いいわ。ちょっと頼みたいことがあるんだけど……うん、そう。温室にあたしのペットがいるでしょ?……違うわよ!お、ん、し、つ!もう、使えないわね……ってごめんなさい!ごめんなさい!切らないで!」
 値段が時間制なのを忘れているのか、イライラしてきたわたしはローザの腕を突いた。『分かっている』というように手で制してくる。
「温室にいるフローラにコマツナをあげて欲しいのよ。コマツナよ。姉さんがやらなくてもお手伝いさんにやってもらって。……え?嫌がる?わかんないじゃない!かわいいし大人しいから大丈夫!……え、あたし?うん、まだまだ懸かりそうで、うん、大丈夫よ。……はい、気をつけます」
 一通り挨拶が終ると、長い溜息とともに係りのおっさんに終了を伝える。
「はああ〜……レイノルズのお嬢さんによろしく、だって」
「いなくなった、とは?」
「言えるわけないじゃない……」
 ローザの言葉にわたしはこくりと頷いた。
 帰り際、料金をどうするかという話しになったが、ローザの「ここはあたしが出す」という言葉であっけなく解決した。
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