一章 願う人、沈黙の魔人
誘われる者
 窓を開けると異形の姿が目に飛び込んでくる。すでに町中にいたと思われる冒険者風の人達がそれらを取り囲んで奮闘している。景気のいい鋼の音が響いてきていた。
「デーモン!?」
 ローザがわたしの頭の上で叫ぶ。路上にいる生き物はどう見てもこの世界のものではない。コボルトやゴブリンといったこの世界に住み着いているモンスターとは違い、生物としての不自然さを強く感じる。
 よく観察する前に、
「行きましょう!」
 ローザが再び叫ぶ。わたしは頷いた。廊下に飛び出ると、ヘクターとフロロがこちらに駆け寄ってくるところだった。斜め向かいにある扉からはアンナの不安そうな顔が覗いている。ヘクターはわたし達を一瞥すると、
「イルヴァはアンナさんのところへ」
静かに言った。イルヴァは黙って頷く。
 フロロがわたし達の間を走り抜けて行く。
「おっ先ー!」
 つられるようにしてわたし達も廊下を駆け出した。階段を飛び降りるように下り、踊り場の角にやってきたところでようやくアルフレートが二階の廊下を悠々と歩いてくる姿を見た。
 一階に降りると受付ホールには身を寄せ合うように立っている一般客に、おろおろとさまよう従業員達がいる。
「危ないから奥に行っててちょうだい!」
 ローザが叫ぶと、扉を開けて外を覗き見ようとしていた年配のおじさんが小刻みに頷いた。
「この町でこんな事が起きるなんて……」
と呟く声が聞こえる。普段は平和そのものの町なのだ。そう嘆くのもわかる。わたし達はそのまま外へ飛び出した。
「うわぁ……」
 わたしは思わず呻き、鳥肌が立った腕をさする。通りにいたのは今までわたしが見たことのない緑色の肌をした醜い姿のモンスターが、1、2、3、4匹。
 それらに戦いを挑んでいるのはわたし達よりずっと先輩に見える冒険者達だ。革張りの盾を担いだ戦士や本を持った魔法使い、短剣片手に挑発するシーフもいる。
「レッサーデーモンの一種にインプ達か。中々賑やかじゃないか」
 ひょい、と顔を出したのはアルフレート。
「やっぱりデーモンなの!?あの一番大きいのが?」
 わたしが指差す先にいるのは黒い肌に体中から不気味な角を生やす巨体。近くでみると体が仄かに発光している。隆起した筋肉を見せつけているようだ。小説の中でしか見たことのない魔界の生き物の姿にわたしは興奮する。
「デーモンの中でも小物中の小物だ。その辺歩いてれば出会える」
 アルフレートはさらりと言った。……わたしは出会ったことないんですけど。
 他3匹は人間ほどの大きさに緑色の肌、黒い蝙蝠のような翼、そして赤黒い目をギョロギョロと動かしている。その目は見ているだけで不安にさせ、瞳孔がどこにあるのかさえわからない。
 すでにフロロは軽い身のこなしでインプ達を翻弄している。その隙に周りの冒険者が攻撃を加えていた。フロロを追いかけるインプにそのインプを追いかける冒険者達、なんて面白い光景が繰り広げられる。
 その時、デーモンに剣を振るっていた一人の戦士がデーモンの腕にはじかれ吹っ飛んできた。ずざぁ!と地面に身体をぶつける。
 それと同時にヘクターがデーモンの方へ突っ込んで行った。そのままデーモンの脇腹あたり目掛けて斬りつけるが、肌を軽く傷つけただけだった。デーモンの方もヘクターに腕を振り下ろす。ガキン!とヘクターの剣とデーモンの爪が衝突した時だった。
 がああああ!!
 デーモンの咆哮が響く。喉を掻きむしるような仕草に首筋を見ると一本の矢が刺さっていた。月の光で建物の上にシルエットが浮かび上がる。その人物は再び矢筒に手を伸ばし、弓を構えようとしていた。アーチャーだ。こんな乱雑にモンスターと人間が動き回る中に弓を打ち込むなんて、よっぽどの自信が無きゃ出来ない。
「大丈夫?」
 ローザの声に振り返ると、先ほど飛んできた剣士に治癒の呪文を唱えてあげているようだ。
「すまない」
 髭の剣士は苦しそうに微笑んだ。この場の雰囲気になんだか自分も動かなくてはいけない気分になってくる。
 おおし!わたしもどうにか活躍してやろうじゃないの!と、わたしは手を叩いた。
 武器とデーモンの爪が交差する音、戦士の気合いの咆哮、町の人を誘導する盗賊の大声、それらを前にわたしは静かに呪文を唱えていった。
「エレクト・クラウド!」
 わたしの力ある言葉に反応してインプの頭上に光源が現れる。
 相手の頭上から電流で攻撃する呪文である。攻撃といったが痺れによる足止めの意味合いが強く、威力は低い分派手さは無いが簡単な呪文で唱えられるのでわたしでも制御できるはず!
 ずどん!という景気のいい音と共に崩れるインプとその周りの冒険者達!おや?
「うううう……」
「だ、誰だぁ!今の呪文はぁ!」
 何とか周りは立ち上がるものの、インプは既に灰となって空へ消えていく。
「……どう見てもみんな感電してるじゃない」
 ローザが耳元で囁いた。
「お、おかしいわね。こんなに威力のある魔法じゃないはずなんだけど」
 まあ結果オーライということで。
「やったよ!アルフレート、敵に当たったよ!」
 わたしが飛び上がって喜ぶと、彼は手でおでこを押さえながら首を振った。
 その間にもう一匹のインプが他の冒険者によって倒されていた。絶命した瞬間、灰となって消えて行く悪鬼。元々この世界の者でないからなのか、こうした消え方をするらしい。
「おりゃああ!!」
 ローザの手によって回復した戦士が気合いと共にデーモンに斬り掛かって行く。気合いに押されたのか、デーモンの方もヘクターから目がそれた。
 風が起こりそうな衝撃を起こしながら戦士のバスタードソードとデーモンの腕がぶつかり合う。一度、二度と交錯して、その度に火花が散る。
 そしてまたデーモンの咆哮が響き渡った。肩、二の腕と続けて矢が刺さったのだ。
「今だ!」
 戦士が叫ぶ。すると、デーモンの背後に回ったヘクターが地面を蹴った。重い革袋を叩きつけたような鈍い音が走る。ヘクターの剣がデーモンの首を貫いていた。
 スローモーションのような光景にわたしが目を奪われていると、
「きゃあああああ!!素敵!!かっこいい!」
 後ろから放たれる黄色い声。振り向くとアンナさんとイルヴァの姿。目をハートにしながらはしゃぐアンナさんと、対照的にどこか不機嫌なイルヴァ。
 その時、残りの一匹のインプが灰になって空に上がっていくのが見えた。



「にいちゃん、やるなあ!」
 ビール片手にヘクターの肩を叩くのは、先ほどデーモンと戦っていた戦士。
「いや、花を持たせてもらっただけです」
「またまた!あんたこれからいい剣士になるぜ、若いんだし!」
 ヒゲの戦士はヘクターの謙遜を笑い飛ばす。
「そおよぉ!あーもっと早くから見てたかったぁ!」
 アンナさんがヘクターの隣りではしゃぐ。
 むかむか……。
 ここは夕方来たレストラン。騒ぎを収束させた冒険者達に店主が飲み放題食べ放題を提案してくれたのだ。とはいってももう夜遅い。わたし達もそうだけど夕餉の時間では無いため、みんなお酒とつまみが中心だ。わたし達は残念ながらノンアルコールドリンクだけど。
 周りのテーブルでもわいわいと勝利の宴に酔っている。まあ、明らかに先ほどの戦いに参加していたよりも多い人数だと思うけど、賑やかなのはいいことだ。よく見ればちゃっかり者にはきちんとウェイターが伝票を切っている。さすがプロ。
 イルヴァは戦いに参加出来なかったのがよっぽど不満だったらしく、それを晴らすように料理をバクバク食べつづけている。
「お、もう1人のヒーローだぜ?」
 戦士の言葉に振り返ると、1人の男性がこちらに向かってきた。
「よう、いい戦いだったな」
 そう言いながらわたしの隣りに座ったのはひょろりとした軽戦士。手に持つロングボウを見て、わたしは「あ!」と声を上げた。
「覚えててくれたかい、お嬢さん?君もなかなか活躍してたじゃないか」
 あの時建物の上から矢を放っていた人だ。上から全て眺めていたのかも知れない。わたしは自分の魔法を思い出して赤面する。
「どう見てもひよっこの君らが出てきたときはどうなるかと思ったがな。……しっかし、こんな平和な地域でデーモンの具現化が見れるとはなあ。運が良いっつーか悪いっつーか」
 軽戦士のお兄さんはそう言ってテーブルにあったサラダのミニトマトを口に入れた。
「やっぱり珍しい事なんですか?」
 わたしの質問にお兄さんはひょいっと首を傾げる。
「珍しいことだろうけど……まあ、デーモンの具現化なんてどの地域でもあり得ることだから……。『アヴァロン』の方なんか行けば日常茶飯事だろうし」
 デーモンのような魔界の住民が何かの弾みでこちらの世界に出現することを具現化というらしい。魔界と現世では物質の構築が異なるのを、こちらに合わせて出現するのでこんな言い方をするようだ。アヴァロンとは地理的に魔界との繋がりが深いのか、しょっちゅうデーモンが現れたりする孤島のことだ。ローラスの遥か西にある。
「まさかこれから日常茶飯事になる前兆、なんてことは無いと思うけどねえ」
 軽戦士の話し方は『あり得ない笑い話』といった感じだったが、わたしは少し不安になる。
「えー、こわい」
 アンナはそう言って椅子をヘクターの側に寄せる。ムカムカ。
「良かったじゃないか。我々にとっては貴重な体験ができたんだ」
 アルフレートの言い方には何か引っかかるものを感じたが、わたしはアンナとヘクターの方が気になってしまってそちらばかり見ていた。



 朝日が輝く時間だというのにぼんやりと目が開かない。出発したばかりなのにもう足が重い。
「うひゅう……眠い」
 わたしは欠伸をかみ殺す。馬車の中を見るとアンナはぐーすか寝てたりする。
「暖かいから余計眠くなっちゃうわね……ってフロロ!寝るなー!」
 ヘクターに肩車され、その上鼻提灯を作っているフロロにローザちゃんが怒鳴る。
 昨日のオットーの町での出来事に少々はしゃぎ過ぎたわたし達。辛くとも予定はこなさなきゃならないため、急ぎ足で次の村に向かう。しかし眠い……。わたしは向かう先の名も知らない村が、あっちの方から近づいてきてくれないかしら、などとぼんやり考えていた。
「リジア、疲れたんなら馬車で休ませてもらえば?」
 ヘクターのお優しいお言葉。しかし皆(アルフレートでさえも)同じ条件でがんばっているというのに申し訳ない。それに一列しかない座席にはアンナが横になっているので無理だろう。
「いや、大丈……」
「いいわよ」
 振り返ると馬車の窓からアンナが覗いている。
「いらっしゃいな」
 そう言ってにこっと笑った。嫌な予感がするのはわたしだけだろうか。



「あんた達っていつもこんな旅してんの?」
 わたしが馬車で一息ついた時、アンナがすぐに尋ねてくる。
「いやいや、わたし達まだ駆け出しなんでそんなに経験ないんですよ。わたしなんてまだまだ経験不足だし……。ファイタークラスの……戦士二人の場合はちょっと違うみたいなんですけど」
 わたしは学園での魔術師クラスとファイタークラスの普段の様子を簡単に話して聞かせた。ファイタークラスはいつもモンスターの巣窟に討伐に出かけたりしていること。魔術師クラスは反対に学園に閉じこもってねちねち勉強していること、などを。聞かれてもいないのに今受けている授業の内容を話していると、
「ふうん」
 明らかに『つまらない』という気のない返事をされた。そしてわたしの顔をじっと見る。
「な、なんです?」
「ちょっと頼みたいんだけど」
 きたー、と叫びたい気持ちを抑える。はなからそういう話しをするためにわたしを馬車に呼んだのは目に見えていた。それを避けようとぺらぺらと話し続けていたというのもある。わたしが露骨に顔をしかめ溜息をつくのにアンナは顔色一つ変えない。……大物になる人間ってこういう風に周りの反応はおかまい無しなんだろうなぁ。
「まあわたしに出来そうな事なら」
「そう、ヘクターにどんな女性が好みか聞いてきてもらえない?さりげなくあたしの事を匂わせる感じで」
 ぶほっ!とわたしは盛大に吹き出す。
「ちょっとぉ!汚いわね!」
 アンナは顔にかかったものを振り払うように手を振った。
「むむむむ無理ですって!絶対いや!大体そんなこと聞いたらわたしこそ気が……」
 『気があるみたいじゃないか』という言葉を飲み込む。事実だろうといきなり告白みたいなこと出来るか!
「なんでよケチ!」
「ケチでいいです!」
 わたしとアンナが押し問答をしていると、急に横から声がかかる。
「俺が聞いてきてやろうか」
 振り向くといつの間にかフロロが隣りに腰掛けている。
「うお!どっから湧いてきたのよ、あんた」
「面白そうな話ししてたから」
 全然答えになってない事を言うと、
「リジアじゃ女の子なんだし不自然なんじゃない?俺が聞いてきてやろうか」
再び同じ質問をしてくる。
『ほんと!?』
 思わずアンナさんと声がかぶるわたし。そんなわたしを見てなのかフロロはニヤーっと笑うと大きく頷いた。
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