一章 願う人、沈黙の魔人
イェトリコの魔封瓶
「お腹すいた!」
 お前は駄々っ子か!と言いたくなる言葉を吐いたのはもちろんアンナ嬢。無事オットーの町に着いた直後である。まだ夕刻になる前の到着だというのに。しかも自分は馬車の中でお菓子をやたらとパクついていたのは知ってるんだぞ!
「早くレストラン探して!今日はフィオーナ料理の気分だからそれ以外はダメよ。あ、やっぱりその前に宿に入りたい!お尻いた〜い!こんな固い座椅子に一秒でも座ってたくなーい!」
 旅の疲れ、というよりこのわがままを受け流す作業に疲れたわたし達は無言のままだった。赤く染まり始めたオットーの街並みは、シンボルの針葉樹林が本当に綺麗だ。その光景に現実逃避していると、
「もう!聞いてるの!?」
 耳元でアンナに叫ばれ、わたしは思わず怒鳴り返す。
「聞いてますよ!お尻が痛くてお腹空いてお尻が痛いんでしょ!?」
「ちょ……、そんなお尻お尻言わないでよ!」
 アンナは顔を赤くしている。自分で言ったのに、よくわからない人だ。わたしは適当な宿を見つけ出すと、
「あそこでどうです?」
と提案した。ちゃんとフィオーナ料理も出すらしく、隣接されたレストランの入り口にはローラスの国旗とフィオーナの国旗が揃って飾ってある。普段入るような店に比べると大分格上の雰囲気だが、どうせ費用はレイノルズ家持ちなのだ。遠慮はいらないだろう。わたしが「どうだ!」と胸を張る提案にも関わらず、アンナは暫し考え込み、
「えー……まあいっか。早く休みたいし、お腹すいたし」
と渋々といった感じだ。入り口のメニューに目が移っているのを見ると、よっぽどお腹が空いていたらしい。
「じゃあ俺、馬車を預かれるか聞いてくるから待ってて」
 そう言ってヘクターが宿に入っていった。その姿を目で追っていると、
「ねえ、彼、彼女とかいないの?」
 アンナの言葉に嫌な予感がするわたし。たっぷり間を取ってから答える。
「……さあ?」
「んもう、仲間なんだからそのくらい知ってるでしょー?好みのタイプとか!」
 アンナが騒いでいるとアルフレートが近づいて来た。
「それを知ってどうするのか教えてほしいね」
「ど、どうするって……」
 アンナは流石にたじたじといった感じだ。
「もし、彼がブロンドで背が小さく、大人しいタイプが好きだと言ったらどうするんだ?ちなみ君と真逆の条件をあげてみたんだが。髪の色はともかく外見を変えるのにも限界はあるな。例えば身長は変えられない。性格だってそうだ。ある程度猫かぶることはできるだろうが、いつまでそれを続ける?永遠に自分を押さえ込むのか?それで幸せになるのかね?」
「な、なによー!このエルフ!意味わかんない!」
 あーあ、とうとうやりあったよ、この二人。
 ギャースカ騒ぐアンナに、冷静に嫌味を言い続けるアルフレートを残りの疲れたメンバーがぼんやり眺めていると、ヘクターが戻ってきた。
「オッケーだって。宿の人が裏に置いてきてくれるってさ。……ってどうしたの?」
「気にしないで。お腹空いて苛立ってるだけだから」
 わたしが言うと、彼は「ああ!」と手を叩き、妙に納得顔になった。
 宿に荷物を置くと、さっさと隣りのレストランに移動することにする。宿といいこのレストランといいなんだか気まずくなる程の場違い感はあるが、流石にアンナには見合っている。
「フィオーナはあったかいところだからか料理の彩りがいいのよね〜。ワインと合うのが一番ポイント高いわ」
 ウェイターに案内されながらアンナはご機嫌だ。
 席について適当に注文を済ませると、わたしはアンナとなるべく打ち解けるよう会話を試みる。
「そういえばフェンズリーには何しに行くんです?」
「お姉様に会いに行くのよ」
 意外とあっさり答えてくれるアンナ。
「へえ、離れて暮らしているんですか?」
「お姉様はもうフェンズリーに嫁がれてるから。……うちと同じ旧貴族のお金持ちよ」
 そう言ってうふふ、と笑う。
「二人姉妹なんですか?」
 ヘクターが聞いた。
「ううん、うちは六人兄妹よ。あたしが末っ子。会いに行くエディス姉様は二番目なの。女が四人に男が二人ね」
 へえ、結構大家族なんだなぁ、と一人っ子のわたしが考えているとアルフレートがふふ、と笑った。
「典型的な金持ちの手駒作りってわけだ」
 ……おい。
「ちょっとお!失礼でしょ!」
 わたしが慌てて声を上げると、アンナは意外な程冷静に頷いた。
「いいのよ、馴れてるから。それに事実だしね」
 今までとは違うアンナの達観したような雰囲気に戸惑う。由緒ある家柄だとこんな風に割り切れちゃうもんなんだろうか。庶民からするとそんな考えは寂しいと思ってしまう。
「お姉さん、元気だといいですね」
 場をフォローしようとしたのか、ローザが話しを変えようとしたのがわかる。
「……それがねー、元気だといいんだけど」
 溜息つきつつアンナが語り出した話しは、冒険者であるわたし達には興味深いものだった。
 アンナの姉エディスがフェンズリーの旧貴族の家系、バクスター家に嫁いだのは五年前のことだった。典型的な政略結婚と思われていたが、当人同士は一目惚れのように惹かれ合っての幸運な結婚だったらしい。フェンズリーの名家として代々国政にも人材を排出しているバクスター家は申し分ない上流家庭で、レイノルズ家としても相手に不足なし、と円満な縁組みが結ばれたわけだ。
 しかし結婚から数年後、バクスター家にある事件が起きる。隣国のスパイを匿ったとして先代のメルヴィン・バクスターが逮捕されたのだ。結局は証拠不十分で不起訴に終ったが、周囲からの目は冷たいものだった。これを苦に先代は自殺。今はアンナの姉、エディスの夫であるマルコム・バクスターが一族の復興をかけて奮闘中らしい。
「スパイって……、結局無実の罪だったんですか?」
 わたしが聞くと、アンナは大きく頷いた。
「あたしはそう思ってるわ。メルヴィンおじさまには何度も会った事があるけど、すごく愛国心の強い方だったし……」
「実力者だったからライバルも多かったって話しは聞いた事あるわ」
 ローザが言うと、アンナは一瞬目を大きくする。
「ああ……あなたアズナヴール家の方だったわよね」
 ローザはぎくりと肩を強張らせた。オカマちゃんキャラを隠すのを忘れていたらしい。誤魔化すように早口で話しを続ける。
「……とにかく、そんな事件のせいでバクスター家は国の中心から消えちゃったわけ。でも息子のマルコムは父親以上のやり手だって聞いたけど?」
 ローザが心無しか普段より低トーンで話すのにわたし含め、メンバーは肩が震える。
「ええ、マルコムはがんばっているわ。お姉様もそれを支えるためにがんばっているし……。でも限界が近いみたいで、お父様のところに助けを求める手紙が来たのよ」
「それであなたが行くの?」
 わたしは少し不自然さを感じ、聞いてみた。
「あたしからお父様に頼み込んだのよ。渋ってたけど、あたし以外に行く人いないし。人に頼んで、大事な家宝を持ち逃げされても困るし……ってまだ話してなかったっけね」
 アンナは布袋を取り出した。出発の際、わたしから引ったくるように奪ったあの袋だ。
「イェトリコの魔封瓶と呼ばれるものよ。中に魔人が封印されてるんだって」
 そう言ってさらに袋から取り出したのは、大人の握りこぶしほどのガラス瓶だった。砂時計を真ん中で半分に切ったような丸っこい形をしている。中には金色に光り輝く光の精霊のようなものがふわふわしていた。
「こ、これがそうなの?割れちゃったりしないの?」
 わたしが焦り気味に聞くとアンナはくすりと笑った。
「大丈夫よ。落としても割れないし、コルバインが踏みつけても割れないでしょうね」
 アンナは一瞬間を置き注目を集めた後、瓶の上に付いているコルク栓のような物を引っ張る。大げさな身振りで力を込める仕草を見せた。
「……この通り、普通の人間が封を切ろうとしても開かないしね。フェンズリーにいるある高名な賢者様なら開けられるかもしれない、って話しで、それであたしが持って行くのよ」
 賢者、と聞いてわたしは顔を上げる。が、それを尋ねる前に、 「願いを叶える異界の魔人ってやつか?」
 アルフレートが苦笑する。いかにも彼らしい反応だ。
「実際、あたしの先祖が使ったものなのよ?インチキじゃないわ。一度現れると何百年もこの中で眠ったままになってしまうらしいけど」
 アンナは瓶を仕舞うと、運ばれてきたライムのジュースを一飲みした。
 実家からの支援というと現金、もしくはそれに代わるようなものだと思っていたわたしは、やや面食らってしまう。随分規模の大きな話しだ。もしかしたら『地位も名誉も全部回復してくださ〜い!』とか頼んだりするんだろうか。わたしは願いをぶつけられた魔人の反応の方が気になってしまった。
「これをお姉さんに渡すんですか?」
 わたしの質問に疑問の色を感じたのか、アンナはまた意地悪な顔に戻ってしまう。
「そうよ、なんか問題あるの?……信じないならいいわよ」
 そう言うと小瓶を鞄の中に突っ込んでしまった。



「やわらか〜い」
 わたしは普段には無い上質な羽毛布団に身体を沈ませると、思わずうなり声を上げてしまった。宿に帰って各自部屋に戻った後である。
 隣りではイルヴァが手にマニキュアを塗っている。彼女の場合ファイターなんだからすぐに取れてしまうのでは?と思ったのだが「塗る事が楽しいから良い」んだそうだ。
 わたしも魔術書の復読でもしようかな……と考えた時、短いノックの後にローザが部屋に入ってきた。
「ああ……疲れた」
 ローザは肩をこきこき鳴らすとわたしが用意しておいた簡易ベットに崩れ落ちる。
「おつかれー。無理しちゃって大変だったね」
 今日、取った部屋は三部屋。わたし達のいるこの部屋と男チームの部屋、それにアンナさんの部屋だ。ローザはアンナさんの見ている前で女子チームの部屋に入るわけにいかず、隣りの男部屋に行っていたのだ。
「別に隠すこと無いんじゃないですか?ローザさんの個性ってことでいいと思うんです」
 イルヴァの言葉にローザは首を振る。
「彼女……というかレイノルズ家はお父様の知り合いなのよ。出る前に姉さまにみっちり言われてきたから……無理」
 なるほど……あの姉様か。わたしはローザの姉の顔を思い出し頬が引き攣る。そりゃ慎重にもなるわ。アンナの姉も厳しかったりするんだろうか。会う前に緊張してしまう。
 イルヴァに肩をちょんと突かれる。
「……ローザさん、何日もつと思います?」
「……もって三日ってところじゃない?というかすでにボロ出始めてるし」
 わたしとイルヴァがこそこそ話しているとローザが睨んでくる。が、
「それより、どう思った?」
 ふとローザが真顔に戻って聞いてくる。
「……魔人の話し?正直、想像の世界を超えててよくわかんないっていうところ」
 わたしは正直に答える。
 もっと『どんな魔人なのか』とか『呼び出してどうするのか』なんて突っ込んで聞いてみたかった気もするが、尋ねる前に警戒されてしまった。物が物だけにそれは理解できる。ただやっぱりなぜ彼女が運搬を?とは思う。レイノルズ氏の信頼出来る部下や腹心ぐらいいそうな気がするし……。あの態度だから人望ないんだろうか?人を信頼しそうにない人相はしてたかな。少ししか会ってないのに失礼かしら。
 まあ、そもそもわたし達の仕事は彼女を無事フェンズリーに送り届けることだけなのだから関係ないんだが。
「魔人っておとぎ話の『三つだけ願いをかなえてやろう』ってやつですよね」
 イルヴァの言葉にわたしはうんうんと頷く。
「もしかしたらアンナさんのご先祖が、魔人の力で財を成したとかなのかもね」
「あたし思ったんだけど」
 ローザが口に手を添えこちらに小声で話してくる。
「アンナさんの話しだと魔人は一度役目を終えると何百年も眠っちゃうんでしょ?それをフェンズリーにいる賢者に起こしてもらっちゃおう、って話しなんだろうけど、その場合って魔人が怒ったりしないの?」
 うーん、確かに言われてみれば気になる。魔人の何百年なんて人間にとっての時間と大分違う気もするし、いい気持ちで睡眠取ってたところを起こされて言うこと聞いてくれないどころか暴れたりしないんだろうか。
「瓶の中で大人しくしてるくらいだから友好的な精霊の類いなんだろうけど……ま、暴れるような危険性があったら賢者さんの方でお断りするんじゃないの?一番危ないのって起こす本人だろうし」
 わたしは頬を掻きつつ言った。
 それよりもわたしにはフェンズリーにいる賢者という方に興味があった。つい先日、クラスメートとそんな話をしたばかりだ。卵といえどソーサラーの端くれだ。賢者や導師なんて呼ばれちゃうような偉大な魔術師の存在ぐらいだと古い人なら伝記を読み、新しい人ならレポートを見たり活躍の話を伝聞で聞いたりもある。わたしが知っている人物だとすれば、フェンズリーの黒魔導師と呼ばれる彼は相当な高齢のはずだ。正直「まだ生きてたんだ……」なんて考えてしまった。口には出さないようにしたけど。
 上手い事行けば会わせてもらえたりするかもなぁ、なんてずうずうしい事を企む。
「ねえ、その例の魔導師なんだけどさ……」
 そう言いかけた時だった。
「モンスターだ!通りにモンスターが出たぞ!」
 宿の廊下、おそらく一階から聞こえてきた叫び声に、わたし達三人はベッドから飛び起きた。

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