一章 願う人、沈黙の魔人
新たなる旅路
「で?受けるって言ってきたの?」
 ローザの質問にわたしは首を振る。小さなため息が返ってきた。
 ここはミーティングルーム。演習を終えたグループに各自与えられる小部屋だ。グループ単位の行動が増える為用意されたもので、狭いがみんなで集まって話し合うぐらいなら申し分ない。初めから折りたたみの机に粗末な作りの椅子が何脚か置いてあったのだが、ローザの手によってゴージャス&乙女チックに変わっている。
 わたしはレースの折り重なったランプシェードをいじくりながら言い訳を始める。
「だってうさんくささ満載なんだもん。あんた達に聞いてからじゃないとうるさそうだし」
「私達を煙たがって二人で行ってきたくせに情けないな」
とアルフレートに鼻で笑われる。
 前回でメンバーに対する教官の評価の低さを身にしみて感じたわたしは、リーダーであるヘクター一人で教官の元へ行ってもらう提案をしたのだ。レイグーンに行きたい、なんて要望を通すには優等生から言ってもらうのが一番いい気がしたのだ。その後ヘクターに頼まれて、結局二人で行くはめになったんだけど。
 あの後「やっぱりメンバーに聞いてきます」と断ったわたし達。単純に気乗りがしなかったのもあった。
「返す言葉もございません」
 ヘクターはアルフレートに頭を下げる。
「まあ確かにうさんくさいわよねぇ。野宿もしてくれないような身分の人間で、たらい回しにされるようなやっかいな依頼、ってことでしょ?いくらこっちが『とにかく首都に行けるなら何でもいい』って頼んだんだとしても、あたし達に紹介しようとメザリオ教官が思うかしら」
 ローザは紅茶を飲みつつ訝し気に眉を寄せる。
「フェンズリー、今は治安良くないって聞くな」
 フロロの言葉にわたしは驚く。フェンズリーといえば首都に近い割に閑静な住宅の多い、上流階級の人達が住む町というイメージがあったのだが。
「そうなの?どこ情報?」
 わたしの質問にフロロはニヤリと笑うだけだ。盗賊特有の情報網か、はたまたモロロ族の情報網か……。
「野宿が嫌なのはご飯の用意が大変だからかもしれません」
 イルヴァはチョコレートをぱくつきながらこちらを見た。そりゃアンタはそうだろう。
「わたしだって学園にきてる依頼でお偉いさん相手の可能性は低いと思ってるわよ。でもね、わざわざ条件に組み込んでて、更に情報開示が渋すぎるっていうのが一般人っぽくない気がするのよね」
 わたしが言うとイルヴァは首を振る。
「ここで考え込んでてもしょうがないじゃないですかねー。誰かに取られちゃいますよ?」
「……ほんっと、たまにまともな事言い出すから気に食わないわね」
「同感」
 わたしのつぶやきにローザが頷いた。
 結局、首都に行けるようなクエストがいつやってくるかわからないという判断から、わたし達はメザリオ教官の元に「受諾」の手続きに行く事となった。ぞろぞろとやって来たわたし達一行に教官は一瞬眉間に皺を寄せたものの、
「そうか。……がんばれとしか言いようがないが、まぁしっかりやれよ」
とカードに判子を押してくれた。カードとはグループごとに配られる、冒険の履歴書みたいなものだ。関連する依頼なら同じグループに依頼を持って行った方がスムーズだし、教官達も管理しやすいのだろう。
 続けて机の上にあったバインダーを開くと、教官は一枚の紙を引っ張り出す。
「依頼人とクエストの概要が書いてある。前に言ったようにちょっと特殊な依頼だ。依頼人と顔を合わせるのも学園じゃなく、そこに書いてある場所になる」
 そう言ってヘクターに用紙を手渡した。わたしは後ろからそれを覗き見する。と、なんだか拍子抜けしてしまった。

『依頼人 アレックス・レイノルズ
 依頼内容 娘、アンナをフェンズリーの町まで護衛すること。
 道中の終日は最低限、宿泊施設が備わっている町、村に行き着く事。
 なお宿泊費、移動中の交通費は全て依頼人が保証する。
 ウェリスペルト マーセスター通りA24』

 特に面倒さを感じない内容だ。ローラス内の移動なんてわたし達でも十分できるし、費用のことも丁寧に書いてある。これがたらい回しにされるなんてあり得るんだろうか。むしろ誰もが飛びつきそうな内容だった。
「レイノルズさんって、あのレイノルズ議員?」
 ローザが教官に聞くと、教官はゆっくり頷いた。あらら、本当にお偉いさんだったんじゃない。マーセスター通りって確かお金持ちが多い高級住宅地だっけ。
「ここにお邪魔すればいいって事ですね?」
 ヘクターが住所を指し示す。
「そういうことだ。心配しなくても私から連絡は取っておくから。訪問は明日でいいよな?」
 教官に聞かれ、ヘクターはわたし達メンバーを一巡すると頷いた。
「結構です」
「よし、ヘクターくん、頼んだぞ」
 メザリオ教官はガッシリとヘクターの肩を掴んだ。なんだかわざわざヘクターの名前を強調したりと、わたし達は期待されてない感じ。まあ今更気にしないけどね、とわたしは口を尖らせた。



 家の中に肖像画を飾っちゃう人ってどんな身分の人なのかしら、とは思っていたがレイノルズ家はその『飾っちゃう』人達であった。吹き抜けの立派な玄関を通され、入った先もこれまた立派な応接間。煉瓦造りの暖炉の上、油絵の中で微笑む男性は今、目の前にいるアレックス・レイノルズその人である。
「よく来てくれたね」
 そう言って握手したレイノルズ氏の手は金持ちらしく肉厚であった。
 朝っぱらからの約束を取り付けてきた依頼人に会う為に、庶民のわたしには縁のなかったマーセスター通りにやってきた。ウェリスペルトの中でも指折りの高級住宅地であるマーセスター通りは、道はやたら広いし各屋敷も門からやたら遠くにあるし、思った通りの別世界であった。依頼人のレイノルズ氏もでっぷり出たお腹といい、にこやかながらもどこか見下した目といい、お金持ちのイメージそのものである。
 事前に聞いてきたローザ情報によるとこのレイノルズ家、「旧貴族」とのことだ。
 ここローラス共和国は『共和国』と付くだけあって貴族制が半世紀程前に廃止されている。しかしながらいまだに国政に携わったりしているのはこういう旧貴族が多いのだ。その上レイノルズの人間はけちん坊、という噂があるので、だから正規の冒険者を雇わなかったんじゃないか、とローザは語っていた。
 関係ないけどどうして金持ちって噂話しが好きなのかしらね?庶民よりも大分、各家庭の情報が筒抜けな感じがするのだけど。
「最近の学生は根性がないのかねぇ。なかなか依頼を受けてくれる者がいなくて困っていたんだ。君らが来てくれて本当に助かるよ」
 レイノルズさんの言葉にわたしは引きつり笑顔になる。わたし達もその学生なの、分かってるのかしら?
「さて、と。もう知っていると思うが、依頼の内容は娘をフェンズリーまで護衛して欲しいということだ。娘は身体が丈夫じゃないんでね……集団が乗るような大型バスは嫌だと言うし野宿なんてもってのほかだ。あまり安宿にも泊まらせないで欲しい。面倒だが最短距離を選ぶよりは町から町へと移動するような形にしてやって欲しいんだ」
「大丈夫です。きちんと道程は下調べしてありますから」
 キリっと答えたのはローザちゃん。パパから言われたらしく、今日は「男」である。おつき合いがある分、息子が……だと色々マズいということらしい。
「じゃあ早速、娘に会わせようか。……アンナ!」
 レイノルズ氏の掛け声にすぐ反応がある。隣りの部屋にいたらしく、一人の女性が部屋に入ってきた。レイノルズ氏と同じ黒髪の、目鼻立ちの整った人である。入ってきた瞬間から部屋には薔薇のような良い匂いが漂った。わたし達よりかはちょっと年上世代か。気の強さが伺えるきりりとした眉に、大きな瞳。背が大きいが身体は細くて、でも出るところは出ている羨ましい美人さんだ。おおーっと感嘆したのは一瞬だった。
「……アンナでぇす」
 ぶっきらぼうに言うと、彼女はウェーブしたロングヘアをばさっと手でかきあげる。その態度に一瞬にしてメンバーの顔が強張ったのがわかる。わたし達を順に見ていくと、
「ふうーん……。この子達ね?……まあいっか。こないだの連中みたいに不細工ばっかじゃないしぃ」
 アンナの言葉にレイノルズ氏は溜息をついた。
「こないだの子たちはお前が『ブスと一緒に歩くのなんて嫌』なんて言うから、怒って帰ってしまったんだぞ?」
 んなこと言ったのかい!……だんだん『たらい回し』にされた理由がわかってきた。アルフレートが大きく欠伸する。すでに彼の中で『興味が無くなった』という印だ。
「アンナをフェンズリーまで無事、送り届けるというのが君達の仕事だ。簡単だろう?なに、旅行みたいなものだと思って楽しんでくれ」
 にこにことレイノルズさん。まるで「こんな楽チンな仕事を与えるなんて太っ腹」とでも言いたそうだ。ローラスは街道もきちんと整理されているから道中、大型モンスターと会うなんてこともない。フェンズリーまで行く、というのは簡単な仕事になるんだろう。問題はあんたの娘のその態度になりそうだな!……とわたしは怒鳴りたい気持ちを押さえた。
「ちなみに……学園の方でも依頼を受けるまではかなり情報開示を渋られたんですが、なんでです?」
 面倒事は避けたい、という意味で聞いたのだがレイノルズ氏からは満面の笑みが返ってくる。
「上流階級にはそれなりの気遣いが必要になってくるもんでねえ。話を広められたらどんな輩が施しを受けにくるか分かったもんじゃないだろう?」
 わたしの目が遠いところを彷徨う。ローザという親友がいなければ、わたしの中での金持ちはこの親子のイメージで固まったに違いない。
 たらい回し(とは本人達は思ってないだろうが)を受けたこの親子、出来るだけ早く出発したい、とのことだったので話しもそこそこに早速出発することになった。このお嬢様が徒歩なんて……と思ったら案の定、一頭引きの馬車が用意されていた。三人乗りの小さなものだったが、これはありがたい。夜も宿に泊まることは保証されているし、気持ちの持ち方一つで楽しい旅行になるかもしれない。
「もっとかわいい馬車がよかったぁ〜。この馬車ダサくて嫌いなのよねぇ。今時車体が黒に車輪が赤って……まあ分かる奴もいないか」
とアンナさん。目的はレイグーン、レイグーンに行けるんだから我慢ガマン、と心の中で繰り返す。
 さっさと馬車に乗り込んでしまったアンナの代わりに、やたら多い荷物を運び込んでいると、
「あ、それはあたしが持っていくから」
とアンナは小さな布袋をわたしから奪い取った。一瞬呆気に取られるが、むかむかと怒りが込み上げてくる。
「どうどうどう……」
 ローザに押さえられ、わたしは何とか怒声を飲み込んだ。
「とりあえず、今日は隣り町のオットーを目指しますから」
 ヘクターが馬車の窓からアンナに声を掛ける。
「……ふうん?」
 アンナはしげしげとヘクターの顔を凝視する。
「あなたは馬車に乗っていかないの?ずっと歩きっぱなしじゃ疲れちゃうわよ?」
 そう言って自分の隣の座席をポンポンと叩く。
「いえ、俺はいいです。ただ彼女達が疲れたら乗せてあげてもらえません?」
 ヘクターはこちらを手で指し示した。アルフレートが「私も私も」と顔を指差すが、アンナはつまらなそうに顔を引っ込めてしまう。
 フロロがわたしに近づいてくる。
「いいのかな〜?お姫さんはあの兄ちゃん気に入ったみたいだけど」
 いやらしさ全開の顔に、わたしは遠慮なしのデコピンをしてやった。
 とりあえず向かう先は隣り町「オットー」になる。オットーさんの夫さんがおっとっとなんて言いながら作った町オットー。なんて冗談はさておき、オットーはウェリスペルトの東にある町だ。ウェリスペルトからもとても近いので馴染みは深い。ウェリスペルトの町に引きこもりがちなわたしも何度か行ったことはあるが、針葉樹林の美しい閑静な街並みだ。ただこれといって特質するものが無いので、若い人は皆ウェリスペルトに出て行ってしまうらしい。学園にも出身者が多かったはずだ。
 前回の冒険で出かけたチード村のあるアルフォレント山脈とは逆方向になるため、前回とは反対の門から出かけることになる。町外れまでやって来た時、イルヴァがわたしの肩を叩く。
「何?」
「あのー、フェンズリーの町までってどのくらいかかるんです?」
 そういや、皆で地図にらめっこしながら道順考えてた時、こいつ寝てたっけ……。
「……言っても無駄な気がするけど、一応教えとくわ。まず、今日は隣町オットーまで行って、次がコルトールの町を目指すけど、一日じゃ着きそうにないからやや南寄りに迂回しながら行く事になるわ」
「何でです?」
「そうすると途中で村があるらしいのよ。フロロの話しだと。夜には宿に泊まらなきゃいけないからそこに寄るわけ。その後がお待ちかねの首都レイグーン。で、その後フェンズリーの町ね。順調に行けば五日で着く計算だけど、まあ、一週間は見といた方がいいかもね」
「……それだと野宿しなきゃじゃないですか?」
「首都に近づく程、冒険者目当ての宿泊施設なんかがぽつぽつあるらしいのよ。お嬢様のお気に召すグレードかは疑問だけど、他に手段がなけりゃ諦めてくれるでしょ」
「じゃあ間に合いそうですね」
 うんうんと頷くイルヴァ。
「何に?」
「一月後に集会があるんです。私の趣味関係なんですけど。結構大きな集会になるんで絶対行きたいんです」
「ああ……」
 脱力するわたし。珍しく真剣に聞いてくるから何かと思いきや。本格的な冒険をする時期に入ったんだから、もうそろそろ節度をもった活動にしてくれないかなぁ……。イルヴァのフリフリなレースのビキニに羊の角のようなものを頭につけた格好を見て、わたしは溜息をついた。
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