一章 願う人、沈黙の魔人
魔女達の午後
 まだ日差し明るい時間帯だというのに、どこか薄暗い教室内。何かから隠れるかのごとくひっそりとした様子で、黒尽くめのローブを着込んだ魔術師達が集まっている。話し声はひそひそと覇気がなく、動く姿もレイスのように存在感を消している。彼らはわたしの同胞。日々、魔法の勉強を一緒にする仲間だ。
 その中の一人、頭まですっぽりと黒のフードで覆った少女がわたしの顔を覗き込む。
「好きな賢者っていったら誰?」
 フードから僅かにこぼれるのはふわふわとした蜂蜜色の髪。そして奥にあるまん丸の目。クラスメイトのポリーナはこんな真っ黒な姿でなければもっと魅力的に違いない。
「好きな……って言われると考えたことなかったわね。『青のアーデルベルド』とかは好きかな」
 わたしは机を指で弾きつつ答える。ポリーナの「ふうん」という食いつきの悪い返事。それに左に座っていたディーナが割って入ってきた。
「アルケイディア帝国の『精霊王アーデルベルド』ね!私も好きー!」
 ディーナの珍しくテンションの上がった様子にポリーナはちょっと引き気味だ。それに構う事無くディーナは頬を染めてはしゃぐ。
「人間なのに精霊王って呼ばれるくらい精霊魔法に長けてたのよね。若い頃はそれこそエルフみたいに綺麗な美青年だった、って話しだし」
「私も好き。彼の英雄譚は何冊読んだか分かんないわ」
 後ろにいたジリヤがディーナに引っ付きながら続ける。黄緑頭のディーナにオレンジ頭のジリヤ。この二人は本当に仲が良い。二人が挙げるアーデルベルドが主人公の小説のタイトルは、いくつかわたしも持っていた。しかしポリーナが求めていた答えとは違ったらしい。
「そういう意味じゃないんだけど……」
と渋い顔だ。彼女のことだ。賢者をアイドル扱いすることが気に食わないのだろう。
「あとは一番有名な現代魔術の始祖、セシルね。好きとはちょっと違うけど」
 わたしが言うと三人とも少し考える顔の後、大きく頷く。しかし食いつきは悪い。それを見ていたキーラがくすくすと笑って話しに入ってきた。
「魔導王セシルは沢山の教科書を残してくれたから、私達学生には人気無いのよ」
 女から見てもうっとりとする美貌のキーラに笑顔を向けられ、わたし達は頬を赤くする。「確かに」とディーナが頷くと、ポリーナは「私は好きよ!尊敬してるわ!」とムキになった。優等生の反応に苦笑しながらわたしはもう一度賢者の名前を考える。
「……あ、ローラスにも賢者様がいるじゃない。黒の魔導師『ウォン』よ」
 わたしの言葉に全員の動きがぴたりと止まる。そして意味ありげに顔を見合わせた。
「ウォンね。いまいち地味なのよね〜」
とディーナ。ジリヤがまた彼女の言葉に続く。
「二つ名が『穴蔵のウォン』だもの。名前からして地味な感じ。派手な冒険譚も無いし」
「でもソーサラーなんて皆そんなもんじゃない。地味な研究が好きなものよ」
 そう言うキーラに同調しつつ、わたしは尋ねる。
「で、ウォンって何したんだっけ?」
 これに再び怒り出したのはポリーナだ。信じられない、というようにわたしに詰め寄る。
「テレポートの魔法の安全性を格段に上げたのよ!これってすごいことなのよ!?」
 へーそんなんだ、と心篭らない台詞が出そうになるが、また怒られそうなので止めておく。もっと言えばアーデルベルドに比べて名前も『ウォン』と地味だ。覚えやすくはあるけど。
 ふと目に入った教室内の時計を見て、わたしは慌てて立ち上がる。
「いけない!」
 どうしたの?という誰かからの問いに「集まりがある」と手を振りながら答え、わたしは教室を飛び出した。



 目の前の扉を緊張と共に睨みつけると、わたしは大きく深呼吸する。しばし目を瞑り気合いを溜め、意を決して静かに開けていった。
 ばたばたとうるさい足音、大きな声。差し込む日差しまで我がクラスより明るい……ように見える。そんなわたしから見れば異質な室内を見渡していると入り口すぐの席から声を掛けられた。
「誰?呼んでやろうか?」
 気さくな話し方の彼はきっと席の場所からしてこういう役目が多いのだろう。わたしが名前を伝えると、彼は教室の中央に向かって声を張り上げた。
「おーい!ヘクター、お仲間がお呼びだぜ」
 すると集団の中からひょっこり顔を出したヘクターにわたしは思わずにやける。彼はすぐにこちらに駆け寄ると、うるさい教室内を遮断するように後ろ手に扉を締めた。
「どうした?」
「うん、今日の放課後のこと伝えとこうと思って。今日はミーティングルームじゃなくてローザちゃん家に集まるから、居残りとかあったら聞いておこうと思ったんだ」
 わたしはあらかじめ決めておいた台詞を一気に言い終わる。ち、ちょっと不自然だったかな。
「あ、そうなんだ。大丈夫、何もないから。終ったらすぐそっち行くよ」
 わたしの態度とは真逆に、ヘクターは実に爽やかに言った。わたしはブンブンと頭を縦に振る。
「わかった。じゃあうちの校舎の前で待ってるね」
「うん、よろしく。……あ、リジア」
 ヘクターに呼び止められたのが予定には無い展開な為、わたしは大分テンパる。
「はい?」
「それ、うん、その頭の、かわいいね」
 ヘクターはわたしの頭を指差すと、その手を直ぐにポケットへと突っ込んだ。わたしは思わず自分の頭に手をやる。その動作で髪飾りの花の部分が指に当たり、これのことかと気づいた。
「え!あ、これ、ああ、うん。ありがとう、うへへ」
 自然に自然に、と思っても顔が真っ赤になってしまう。そんなわたしを見たからか、ヘクターも少し照れくさそうに顎をさすった。
「じゃあ、また後でね」
 わたしが慌てて取り繕うと、ヘクターも答える。
「うん、じゃあね」
 手を振り扉を開ける。と、中からトーテムポールが現れたではないか。クラスメイトの数人が扉に張り付いていたのであろう、その状況を見て、ヘクターが冷ややかに言う。
「何だよ、お前ら」
「い、いや、ちょっと羨ましい状況かな、と」
 その中の一人が答える。
 廊下を戻りつつわたしが振り向くと閉まっていく扉の向こう、耳を赤くするヘクターと彼の怒鳴り声が聞こえた。



「面倒な事になったわよ」
 ローザの放つ言葉に皆の手が止まる。ローザの家は学園の裏手にある。歩いてすぐな上に彼、いや彼女の家は所謂お金持ち。午前授業になった今、家に行けばお昼ご飯も出してくれるここに集まるようになったのは自然のこと。今もテーブルに並んだごちそうを前にミーティングという名のおしゃべりを繰り広げていたのだが、ホストの一言で動きが止まってしまった。
「……どうしたんです?」
 わたしの隣りに座るイルヴァがおずおずと尋ねる。本日のコスプレは東洋の「おいらん」というらしい。やたら派手なキモノをやや型くずれに着て頭も妙な形に結い上げている。面倒だからかもはや誰も突っ込まない。
「……フローラが何も食べてくれないのよ」
 フローラとはわたし達が先日の冒険の際に報酬として貰ったイグアナ型ロボットだ。頭頂部にあるスイッチに触れるとどういう仕組みなのか中にある小部屋に入れるという、大変凄いものなのだが、中が如何せん狭すぎる為にまだ使用の機会はない。
「あらら……って、フローラってご飯いるの?」
 わたしの質問にローザは溜息をついた。
「いるわよ。だって現に今、元気無くしてるのよ?」  フローラはイグアナの赤ちゃんそっくりで、人工知能のお陰で動きもイグアナそのもの。これをくれたバレットさんの話しだと体も大きくなるそうだ。というわけで、とりあえず家の広いここ、アズナヴール家にお世話になっているのだが……。
「だってロボットだろ?」
 アルフレートの冷ややかな言葉にもローザは首を振る。
「成長するって聞いたでしょ?やっぱり栄養は要るのよ。それに現に先週までは果物なんかを食べてたのよ?それなのにここ数日は食べてくれなくて……」
 そこまで言うと、よよよ、と泣き出した。もうすでに愛着たっぷりというわけか。
「とりあえず見せてもらおうよ。そんな話し聞くと俺も心配だし」
 ヘクターが言うとローザは顔を上げた。
「ありがとう……。やっぱこいつらの薄情っぷりとは違うわね……」
「悪かったな」
「冷静だといってほしいわね」
 アルフレートとわたしの言葉をシカトしたままローザは立ち上がる。
「こっちの部屋にいるから。見てやって」



 扉を開けるとそこは温室だった。
 廊下から普通に他の部屋と同じように入ってきたのだが、作りの全く違う異質な空間におったまげる。全面ガラス張り、植物の鉢がいくつも置かれ中央にはベビーベッドのようなものが置かれている。まさかとは思うがフローラちゃん用だろうか。私がごくりと喉を鳴らすのと、フローラちゃんのしっぽが見えて来たのは同時であった。
「どんだけ金掛けてんだ……」
 アルフレートがぼやく。
「俺が紛れ込んで住んでてもバレなさそう」
 フロロがやや本気まじりに言った。
 ベッドを覗き込むとフローラちゃんが目を瞑っている。ローザがそっと背中を撫でるとうっすら目が開いた。確かに元気は無いようだ。
「餌はずっとそこのお皿に用意してあるんだけど食べてくれなくて」
 ベットの脇に美味しそうな果物数種類が一口サイズに切って盛ってある。わたしは試しにオレンジの欠片を手にフローラの口元に運ぶ。目線は送るが口は開けない。
「でも先週までは食べてたんでしょ?」
 オレンジを皿に戻しつつ尋ねる。
「そうだけど……やっぱり口に合わなかったんじゃないかしら。あたし調べてみたんだけど、イグアナって南の方のヴィッタ島の生き物なんですって」
 ほうほう、それで?
「やっぱりそっちの方の食べ物じゃないとダメなんじゃないかしら」
「うーん……」
 ローザの提案にわたし含めメンバーは唸る。そうは言っても今現在、わたしたち学園の五期生は行動範囲が決まっている。この前の演習の合格から手続きすれば学園の用意したクエストに限りいつでも出かけられるのだが、五期生はこの国のクエスト限定になっているのだ。なぜそんな制限があるのかというと、六期生と違って授業参加が必須の単位が残っているからだった。
 ヴィッタ島といえばここから三つ国を跨いだ僻地。行くとすれば個人的に行く事になるが、そうすればその間は学校が休み扱いになる。とんぼ返りだとしてもひと月、二月はかかるかもしれない。そんな期間休んだら、さすがに退学じゃないだろうか……。
 みんな思う事は同じなようで渋い顔をしている。ただ一人ぼんやりした表情を浮かべていたイルヴァが突然、ぱくっとフローラちゃんの餌である果物を口に入れた。唖然と皆が眺めているともごもごと口を開く。
「流石に自分の行動が恥ずかしいです」
「口動かしながらいうな」
 アルフレートが睨みつつ突っ込む。
「あのさ……」
「ほら、ヘクター、君からもガツンと言ってやれ。今のは流石の私も本気でむかついた」
「いや、そうじゃなくて……」
 ヘクターは困り顔でアルフレートに手を振る。
「何もヴィッタ島まで行かなくても大きい都市に行けば何とかなるんじゃないかな」
 なるほど、別に現地まで行かずとも大きな都市であれば遠い国の食材であっても手に入るかもしれない。
「ああ、そっか。なるほどー」
 簡単なことにわたしは思わず間抜けな声を出してしまった。
「でもここより大きい都市っていうと……」
 わたしたちの住むここもローラスの中じゃかなり大きな都市の一つだ。そしてここより大きな都市となると、
「首都レイグーン……しかないわね」
 わたしの言葉にみんなが頷いた。



 学園の中でも、首都に行きたい!という希望はやっぱり多い。大きな町に行けばそれなりに揃う物は多いし、なにより刺激になる。動機の純、不純は置いておいて、首都レイグーンに出向くクエストは人気があるのだ。ましてやわたし達五期生が出来るのは最上級生である六期生が「つまんなそう」「めんどくさい」と蹴った依頼になる。レイグーンに行くことは決まったものの、希望が通る可能性は無いに等しかった。
 のだが、
「あるよ、レイグーンに行くだけなら」
 今日も整ったお髭が美しいメザリオ教官の言葉にわたしは口をぱくぱくさせる。
「ただし、通るだけになるけどな。実際の依頼場所はさらに奥」
「っていうとかなり遠出ですよね。レイグーンの方の学園に要請は無かったんですか?」
 ヘクターがもっともな質問をした。レイグーンにも学園はある。この学園の分校のようなものだが首都にあるだけにそれなりに大きいらしい。
「目的地はレイグーンの先のフェンズリーだが、依頼人はこの町にいるからな。片道だけの護衛の仕事だ」
 そこまで言うとメザリオ教官は動きを止める。そして腕を組み、上を向いたりうなだれたり、しまいにはぶつぶつ呟き始めたではないか。
「……しかし、よりによってお前達に受けさせるのも……いや、毒をもって毒を制すとも言うが……」
 な、なんか嫌な予感がするんですが。
「はっきり言う。この依頼は断られまくって回ってきたものだ。でもお前達にはいい経験になると思う」
 わたしとヘクターは顔を見合わせる。
(ど、どうする?)
(どうしようか……こんな話しになるなら皆連れてきた方が良かったわね……)
 小声で話し合うわたし達。ただでさえうるさい仲間なのだ。『毒』とまで言われるものをほいほい受けていったら、どんな文句を言われるかわかったもんじゃない。
「どういう理由でたらい回しになってるんですか?」
 わたしが聞くとメザリオ教官は首を振った。
「ちょっと訳ありで事情を知る人間は最低限に押さえなきゃならない依頼なんだ。受けないなら言えない」
 あらら、予想通りのお答え。わたしは唸る。
「……しょうがないよ。レイグーンに行くのが第一目的だ」
 ヘクターの言うことはもっともなんだが、もうちょっと情報を引き出しておきたい。
「半日程度なら首都に留まっても平気ですよね?」
 何気ない雰囲気にしつつ聞いてみる。
「どのみち野宿できない依頼人だ。嫌でもレイグーンでも一泊するようになると思うぞ……教えられるのはここまで」
 メザリオ教官はそう答えつつ、苦虫を噛み潰したような複雑な顔だ。わたしも少しずつ情報を引き出す、というのは諦めることにする。
 しかし教官がこんな態度になって、野宿NGの依頼人ってどんな人なんだろう。どっかのお偉いさんかなんかだろうか。町から町の移動には乗り合いバスのような高速移動の乗り物を利用する以外に、普通は野宿前提の旅になる。そういうのも旅の醍醐味だと思うんだけどな、とわたしは頬をかいた。

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