アヴァロン 二章 接近
13
やり終えた充実感よりも先にずぶ濡れになった不快感が襲ってくる。寒い。歯の根が合わない。がちがちと震える体は嫌でも止まってくれなかった。
フリュカが駆け寄ってくる。が、マイロの顔、腕に大量に付いた血を見たのか「ひっ」と呻いた後、後ずさる。その様子に「何故デーモンの体は絶命と共に粒子に変わり、消えていくのに血液は残るのか」とどうでもいい疑問がぐるぐると回っていた。
マイロが顔を反らしたのを機嫌を損ねたと思ったらしく、再びフリュカが駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫?ごめんなさい、びっくりしちゃって」
フリュカの声にマイロは適当に頷いた。怪我はないしフリュカに不快な気持ちも無い。ただひたすらに億劫だった。『死にそうに寒い』。大袈裟ではなくこのままではまずいだろう。とりあえず上着のコートを脱ぐ。大量の水が滴り落ちる防寒具にとても惨めな気分になっていると、男のうめき声がした。
「ぐ……悪い、大丈夫だったか?」
警備兵の男が不恰好な態勢で起き上がり、こちらを見ている。少し怪訝に思い近づくと、男の顔に脂汗が大量に滲んでいるのに気が付いた。後ろから来るフリュカを手で制す。お嬢様には見せない方が良いだろう。
「……腕を治す。代わりに何処か火をおこせるような場所を案内してくれ」
マイロは男の折れた右腕を指差した。男は苦痛で歪んだ顔をしたまま動かない。考えているのだろう。状況を、目の前の少年の事を、自分の腕を治すと言った言葉の意味を。
「……分かった、ついて来てくれ」
よろよろと歩き出す男にマイロはついて行く。フリュカを手招きして自分の後ろを歩かせた。ごうごうと水の流れる音に混じって男の荒い息が聞こえる。腕が痛むのだろう。マイロも怪我こそ無いものの、雪解け水に思い切り浸かってしまった体は寒さを通り越して痛くてしょうがない。
男が立ち止まったのは歩き始めてすぐのことだった。辛さから歩くのを止めたのではない。目的地がすぐだったのだ。右手にある鉄の扉に手をかけると疲労たっぷりな様子で開け放つ。先に細い通路が見えた。男に続いてマイロ、フリュカも扉の先に入る。
「閉めた方が良い?」
というフリュカからの問いにマイロが頷き、手で促している間にも男はまたすぐに待ち構える鉄の扉の鍵を開けようとしていた。
「ちっ……」
片手で上手くいかないようだ。ふらふらとしながら鍵をいじり、舌打ちをする男にマイロは声をかける。
「俺がやろうか?」
すると男は小さく振り返り、苦笑した。
「あんたも手が酷く震えてるぜ。ちょっと待っててくれ、大丈夫だ」
男の言いようはマイロを信用していないためというよりは、震えている少年を哀れむようだった。
かちり、と乾いた音を立てて鍵が開く。
「入ってくれ」
男に言われるまま足を踏み入れた部屋は不思議な光景が広がっていた。巨大な砂時計のような機器が並んでいる。しかし流れるのは砂ではなく水だった。上下にくねりを作るパイプや巨大な水槽も見える。魔術師の研究室にも見える部屋だが、広さが桁違いだ。
「浄水所か」
マイロの言葉に警備兵の男は深く頷き、後ろ手に扉を閉めた。
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