アヴァロン 二章 接近
12
元警備兵の男だったデーモンはややぎこちない動きだが恐ろしい力で水路の壁を削る。粉塵が舞うが黒く獣のもののような爪は欠けた様子も無い。再び振り上げた腕を避ける為、マイロは水の中に踏み込んだ。刺すように痛い雪解け水が容赦なくブーツとズボンを濡らす。
「……なるべく時間を稼げ。俺の合図で離れろ」
「お、おう」
震える声の男に不安が残るが、ようやく兵としての意識も戻ってきたらしい。男は真っすぐに剣先をデーモンへと向けている。マイロもロングソードを構えながら呪文を唱えだす。男に時間を稼がせて後ろから撃つ。その為の呪文だ。
デーモンが再び咆哮を上げて腕を振り回し始めた。肌が震えるような大声と巨体が動く振動に水路の天井が落ちてくるのではないか、と余計な心配までしてしまう。まだぎこちない動きにマイロ、そして警備兵の男もデーモンの爪を軽く避けていたが、両腕を振り上げられたことに対して反射的に動いてしまったのか、男が剣を頭上に掲げる。男の受け止める姿勢にマイロは呪文を中断させてしまった。
「よせ!」
次の瞬間には男は吹っ飛んでいた。デーモンの攻撃をまともに受けたのだ。人間の胴回り程もある腕から繰り出される攻撃を受け止められるはずがない。
マイロは奥歯を噛みしめると短く呪文を唱え直す。先程まで準備していたものより遥かに威力は劣るが仕方ない。今まさに倒れた警備兵へととどめを刺そうとするデーモンへ打ち放った。
「サンライトアロー!」
無数の白い光の粒がデーモンの背中に突き刺さる。痛みの為にのけ反るデーモンが喉を震わせ、怒りの声を上げた。赤く光る目をマイロへ向けてゆっくりと振り返る。マイロは渇いた喉を鳴らした。
立ち上がることはないが警備兵の男は苦痛に身もだえるように体をよじっている。生きているのだ。ほっとするが次の行動をなかなか決められずにマイロは後ずさる。
レッサーデーモン一匹に手間取る今の状況はなんだ。マイロはいらだたしさに頭だけが熱を持つ。こんな腕でポールを救出出来るのか。バラックの助けが出来るのか。アンジェラの期待に応えることが出来るのか。
今までに一人ででもデーモンを討ったことは片手では足りない程にある。しかし『狭く』『足場が悪い』という状況の変化だけでこんなにも手間取るとは。デーモンがゆっくりと歩み寄る。一定の距離を取りながら隙をつく戦い方をするマイロには、この下水道という限られた空間でやり合うのは不利だといえた。
悍ましい一吠えの後、デーモンは速度を上げてマイロに掴み掛かる。右手に避ける、そうマイロが体を動かした時、デーモンの長い爪が目の前にあった。フリュカの悲鳴が響く。腕に強い衝撃が走ったことで、デーモンの爪を咄嗟にソードで受けることが出来たのだと気が付いた。浮遊感など感じぬまま水の中に叩きつけられる。
「ぐ……」
痛みに喘ぐマイロの目前にデーモンが迫る。吠える声に全身がぴりぴりと震えた。濡れた全身が痛い。水の冷たさの為か、打ち付けられたのが背中の為か。口を開けるデーモンのどす黒い舌と巨大な牙を見た瞬間、マイロの手が自然に動いていた。
ごきり、と嫌な音を立ててデーモンの口元にロングソードが突き刺さる。デーモンがびくりと体を跳ねさせ目を見開いたのを、マイロは荒い息で確認する。次の瞬間にはデーモンは粒子に成り代わり、空へと四散していった。
腕を伝うデーモンの赤い血は不思議な程温かい。それがまた不快だった。
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