アヴァロン 二章 接近
11
フリュカを追い返すのは諦め、マイロは歩き続ける。水の音が大きくなってきた。
「はあ、飽きてきちゃった」
欠伸を噛み殺すようなフリュカの小声にマイロは返事をしなかった。相手にするだけ損だ、と静かに足を進める。
あの後、何度か同じネズミを追い払うはめになった以外は順調に進んでいると言えた。勿論、水路の見張りが意図的にいなくなっている事が大きいが。用意した『ライト』の光も要らない程、明るくなってきた。浄水装置が近いのか普段からここを行き来する係員の為に備え付けされた明かりが随所にあるのだ。
「ねえ……」
「しっ」
フリュカの呼びかけに指を立てて答えると、マイロは彼女の腕を取り脇道に逸れる。自らの『ライト』の呪文をかき消すと身を沈め、気配を消すよう務める。フリュカもその様子を見てマイロの後ろに隠れた。
ツン……カツン……
石造りの通路を踏みしめるブーツの音。そして話し声も聞こえる。近付いてくる気配に緊張するが、声の様子からして二人の男が談笑しているようだった。
「しかし馴れない仕事は時間が経つのが遅いな」
「そうか?俺は逆だけどな」
二人の若い男の会話が聞こえてくる。
「でも水路のこの辺は『タイバーン監獄』にも繋がる箇所があるから、普段の警護はガーディアンの仕事なんだろ?それって危険が大きいみたいで怖いじゃないか」
この台詞からして男達は一般の警備兵だろうか。しかし相手が大した事はなかろうと戦闘に入ることは避けたい。マイロは既に至近距離にいる二人の気配により身を小さく丸めた。
「しょうがねえよ、ガーディアン達は皆、セントウェッジバルに配備されてる。緊急事態だ。しょうがねえ」
「ああ……あそこね。それも不安要素の一つなんだよな……。なんだってあんなにデーモン化が増えたんだか」
「さあな、俺達が考えたところでわからんよ。……それよりお前、今日はやけに愚痴が多いなあ」
すぐ脇を通り過ぎる二人の警備兵の姿にマイロは思わず息を止める。幸い話しに夢中だからか、こちらを見るそぶりすらなかった。が、フリュカの指が腕を締め付ける感触に眉をひそめる。ちらりと見ると緊張しきった彼女の顔があった。
あとでからかってやろう、とマイロが考えたところでフリュカの唇が動く。
「赤い……」
水音に掻き消される低い呟き。マイロは少女の口元に耳を寄せたところではっとする。
「目が赤いわ」
反射的に立ち上がっていた。一瞬「しまった」とも思ったが、二人の警備兵は背中を向けたまま歩き続けている。が、次の瞬間には警備兵の一人が動きを止めているのに気が付いた。立ち止まり、ふらふらとした様子で頭が揺れている。
「おい、なんだよ……」
相棒の勝手な振る舞いを咎めるように振り向いた警備兵の顔が歪んだ。
「お前……」
マイロは鳥肌の立つような感触を押さえ、ロングソードを引き抜く。
「冗談だろ!」
警備兵の男が叫ぶのと、マイロが通路に飛び出すのは同時だった。
獣の雄叫びのような唸りが響き渡る。紙をちぎるような音は皮膚の裂ける音だろうか。
「あっ!おい、お前!」
マイロに掛けられた男の声を無視したままデーモンに生まれ変わりつつある姿に向かって、マイロは剣を走らせる。狙うのは男の中心、心臓部分。
「止めてくれ!」
相棒の討たれる姿を予想し、思わず出たといった様子の声にマイロは一瞬躊躇してしまった。
デーモンが振り返る。マイロの剣は脇腹を撫いただけで終わってしまった。
獣の咆哮が肌を震わせた。
「ひい!」
尻餅を付きそうにたたら踏む警備兵の男をマイロは睨みつけた。
「ふざけんな……」
戦闘が長引くはめになった恨みを男にぶつけ、マイロは舌打ちする。
「剣を抜け」
「は、は?」
「剣を抜け!」
マイロの怒鳴り声にようやく男は震える手で腰元のロングソードに手をかけた。
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