アヴァロン 二章 接近
10
「どうやって水路に入って来たんだ?」
マイロは『ライト』の小さな魔法石を掲げるフリュカに尋ねる。他は手ぶらのようだ。まさかこんな軽装で付いてこようと思うとは。お嬢様の考える事はよく分からない。
「公園にはね、もう一個水路への入り口があるのよ。あのガーディアンさんも知らないみたいだけど」
フリュカは自慢げに答える。そんな知識でもアンジェラに対抗出来た事を誇るかのように胸を張った。
呆れて何も言いたくない気分になったマイロだが、このままにしていくわけにもいかない。大人しく帰るよう言い聞かせる為に口を開くが、上手い言葉が出てこない。相手はこのお嬢さんだ。何を言っても聞く気がしない。
さてどうするか、マイロが眉間を寄せた時、再び何かの音がする。
フリュカの肩がびくりと揺れた。彼女にも聞こえたのだ。
「下がれ」
マイロはフリュカの腕を引っ張りながらロングソードを引き抜く。
ぎいぎいという耳障りな鳴き声。見張りがやって来たのではなさそうだ。
角からやって来た影が赤い目を光らせる。ぬらぬらと油を含んでいそうな体が嫌悪感を沸き起こさせる相手。赤子ぐらいはありそうな大型のネズミだ。
「い、いっぱいいるわよ」
フリュカが怯えた声を上げた。マイロはフリュカをなるべく庇うように立ち、ロングソードを構える。幸い大した相手ではない。
「ゴームラットだ。騒ぐなよ。余計集まってくる」
雑食の彼らは生きた相手だろうと肉を食らう為に襲ってくる。マイロはじりじりと近付きながら、先頭にいる一匹に集中する。
体を上下させるようにゴームラットの一匹が動いた。前に滑り込む動作から目を離さず、胴体に向かって剣を走らせる。
「きゃ!」
フリュカの悲鳴が聞こえる。どすりと鈍い音を立てて突き刺さる剣先から、ゴームラットのぎいぎいという悲鳴ともがく振動が嫌でも手に伝わってきた。続けてマイロはその体をネズミの集団に投げつける。
黒い影がそれを取り囲むように蠢いた。
緊張を解かずにソードを構えながらそれを見守っていると再び影がうぞうぞとした動きを見せる。ざあざあという音は水の音だけじゃない。先頭に立った仲間の死体を見て走り去るゴームラット達の足音だ。食える相手では無い、と判断し去っていったのだ。マイロはふう、と息をつく。ロングソードを柄にしまい込むとフリュカの方を向いた。
「い、行っちゃったの?」
少し震えるフリュカの声にマイロは苦笑するが、先の事を考え頭を抱えそうになった。
彼女をどうするか、である。まさか一人で帰れというわけにもいかなくなってしまった。こんな程度のモンスターでも彼女には脅威なのだ。送っていく為に戻るわけにもいかない。何しろ向かう先、なるべく見張りがいなくなるようにバラックが部下の配置を調節してある。
「さ、行きましょう」
唸るマイロにおかまい無しにフリュカは水路を先に行く。初っ端からこの不運だ。今回、上手くいかないかもしれない。マイロは初めて弱音を吐きそうになってしまった。
「なあ……」
「何よ、帰れっていうのならお断りよ」
間を置かない返事にイライラが積み重なる。怒鳴りちらせればどんなに楽だろう。
「何しに行くのか分かってるのか?」
マイロが先を行くフリュカに尋ねると少女の肩が揺れる。
「何かを退治しに行くんでしょう?あなた何でも屋さんじゃない」
きょとん、とした顔のフリュカにマイロは首を振った。
「そういうただのハントに行くわけじゃない。俺の仲間を救出しに行く」
足を止めたフリュカにマイロは言葉を続ける。
「はっきり言う。この先は警備兵の一人にでも見つかればお終いだ。仲間を救えないどころじゃない。俺も、あんたもこの町にはいられない。いや、掴まればそれじゃ済まないな」
だから、とマイロが説得を続けようとするが「だったら」というフリュカの声に遮られた。
「尚更私がいた方がいいじゃない。見つかったら私がお願いしてあげる。お父様に話しが行けば、すぐに許してもらえるわよ」
にこにこと言う少女に頭がくらくらしたが、ふと考え直す。
確かにそれは使える手かもしれない。少し苦しい気もするがこの長官の娘の我が侭に付き合わされていたのだと言い張ってしまえば、誤魔化せる事もあるかもしれないのだ。
それは自分でも『らしくない』と思う考えだったが、そう思考を変えた方が今の状況が楽に思えるのも確かだった。
[back][page menu][next]
[top]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -