アヴァロン 二章 接近
9
「で、何処にあるんだ?」
アンジェラに追いつくとマイロは尋ねる。黙って指差す先を見ると見覚えのある木が並んでいた。
「公園?あの中なのか」
フリュカと初めて会った小さな公園。白い花がちらちらと舞っていた光景は脳裏にこびり付いている。美しいのに寂しさに襲われる花はバラック家の庭にもよく似合うものだった。
早朝、公園内には誰の姿も無い。もっともこの公園には日中でもフリュカ以外の人影は無かったのだが。
アンジェラの案内に従い着いて行くと、管理小屋のような木造の簡素なものが見えて来た。
「あの中?」
マイロの問いにアンジェラは首を振る。
「あの裏よ」
再び着いて行くと地面に格子状の蓋が見える。錆ついた蓋を簡単そうに持ち上げるアンジェラを暫し眺めてしまった。
ここから、ということは下水なのか。マイロは少し肩を落とす。服に臭いが残らなければいいな、と願いながら中を覗き込んだ。ざっと中の様子を確認した後、アンジェラの方に向き直るとマイロは手を差し出す。
「ありがとう。……ポールは必ず連れて帰るから」
アンジェラはマイロの差し出した手を握ると、暫くじっと瞳を合わせてきた。
「あなたが上手くやることを祈っているし、信じているわ」
にっこりと微笑むアンジェラの顔は心配そうな様子は無い。マイロにはそれが一番嬉しかった。


「ライト」
水路に降りるとまずは光の精霊を集める。唱えた呪文によって照らされた周囲を伺った後、錆び付いた梯子を降りてきたせいで汚れてしまったグローブを見た。
がこん、と頭上から重い金属音がする。アンジェラが格子の蓋を再び嵌めたのだ。ちらりとそれを確認すると、マイロは早速足を進めることにする。
ざあざあと流れる水音に足音が消されてしまう。忍び足になりながら周囲を気にする必要はなさそうだが、こちらも万が一警備隊などが近づいて来ても気付かない恐れがあるのだ。慎重に進むべきだろう。
懸念していた臭いは少ない。早い時間だから殆どが雪解け水なのだろう。それに寒い地域である事が今は有り難かった。
何度も言われた通り始めは北に向かう事にする。慎重に、しかし素早く足を進める。何度か地上に上がる梯子を通り過ぎた時だった。
神経を張り詰めている状態で無かったら気付かなかったであろう微かな音に、マイロは足が止まる。聞こえてきた砂利の擦れる響きに素早く脇道に入った。
つけられている。背中にひやりと緊張感が走る。
まさか入り口から?しかしアンジェラがいたはずだ。
そこまで考え、ふと頭に過ぎる。
『まさかアンジェラが付いてきたんじゃないだろうな』
それも考えられるがどうも腑に落ちなかった。水路に入る前の彼女の顔を思い出したからだ。マイロを信じると言ってくれた顔を。年下の少年を見る『見下ろす』感はあったが、彼女の顔は美しかった。
アンジェラではない、と思うのと同時に相手が敵であるという事を確信する。静かに腰のロングソードを引き抜くと、徐々に近付きつつある足音に神経を集中させた。
段々と大きくなる足音、気配。随分と注意力の無い様子ではないか。自分には気付いていないのか、それとも注意を払う程でもないと思われているのか。
どちらでもいい。この先、相手に警戒する煩わしさを考えればここで一気に片を付けたい。
足音がマイロのいる角にやって来た。素早く相手目掛けて躍りかかる。
この時の反射神経をマイロは自分で褒めてやりたいと思った。
影が小さい。
そんな僅かな違和感から振り上げたソードを空中で止める。響き渡る悲鳴。マイロは自分の顔が大きく歪むのが分かった。
「な、何でいるんだよ、お前……」
目の前にいる少女に掠れた声で尋ねると、少女は驚愕の表情で固まっていた顔を振る。
「心配だから付いてきてあげたんじゃない!」
フリュカは目を吊り上げ、マイロに人差し指を突き付けた。
『心配』だから付いてきて『あげた』。フリュカの言葉を頭の中で反復させた後、マイロは顔を手で押さえながら盛大に溜息をついてみせた。
「ふざけるなよ……」
「そっちこそふざけないで!怖かったじゃない!」
おそらく剣を振り上げられたことを咎めているのであろう。
この分じゃ何を言っても彼女には響かないに違いない。
最悪の展開だ、と思うのと同時に「もしこの件が失敗したらバラックのせいにしてやる」とマイロは心の中で悪態づいた。
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