アヴァロン 二章 接近
8
「貴方が気にすることじゃないわよ」
屋敷に戻ろうとするマイロに掛けられたのは、いつも唐突に現れる相手からの言葉だった。
マイロが視線を上空に漂わせると高い塀の上に腰掛けるアンジェラの姿がある。
「……何のこと?」
マイロが聞き返してもアンジェラは黙って下りてくるだけだ。猫を思わせるような重力を感じない着地。とことん絵になる人だ。
「案外大人なのね」
アンジェラとの会話は毎回噛み合っていない。新たな話題に移る年上の女をマイロは睨んだ。
「だから何のことだよ」
「長官と話していた時のことよ」
自分は大して発言はしていなかった会話を思い出し、マイロは首を捻る。アンジェラはそれを見て微かに笑った。
「『ポールをどうにかしたいのは俺の方なんだ』って言ったじゃない」
「ああ……」
その事か、とマイロは頷き歩き出す。
アルフォンスがマイロの手引きをしてくれるのはポール、そして自分を利用したいからだ。それにポールを単に逃がすにしても、マイロがやるなら自分の手を汚す事もない。それは理解していた。
それでも感謝を示した方がいい。マイロはそう考えていた。空気を良くする為、というよりは自分が納得出来るようにかもしれない。
屋敷の庭に出る為の勝手口に戻って来た時、目の前の扉が向こうから開けられた。顔を出したのはフリュカの母マルゴだった。
マルゴはマイロ、そしてアンジェラの顔を見た瞬間、一瞬だけ顔が強張る。それは常に微笑みをたたえた冷たい鉄仮面に、小さなひびが入ったようだった。
すぐに笑みを浮かべた顔に戻ったマルゴが口を開く。
「マイロさん、お食事よ。アンジェラ、お久しぶり」
微笑むマルゴにアンジェラは礼儀正しくお辞儀した。マルゴの雰囲気からアンジェラをいないものと決め込むのではないか、と思っていたマイロは少しほっとしてしまった。
「早く来てね?」
にこやかに去っていくマルゴが廊下の角を曲がるのを見てから、マイロはアンジェラに尋ねる。
「君達双子と、バラックってどういう関係なの?」
「気になるの?残念ながら愛人じゃないわよ?」
「……違うんだ?」
マイロの呟きにアンジェラはムッとした顔をした。
「どうして私が『日陰の女』にならなきゃいけないのよ。いくら長官でもお断りだわ」
そう言ってつんつんと歩くアンジェラは、初めて見る怒った空気を纏っている。だが、マイロは妙に安心してしまった。可愛い、という言葉は言わないでおくことにする。からかっても跳ね返されるだけなのは分かっていたからだ。


決行の朝だというのに酷く寒い。肌を刺す冷気にマイロは顔をしかめた。その様子を見てなのか、マイロに掛かる声。
「緊張しているのかね?」
「いや、そうじゃない」
アルフォンスからの問い掛けにマイロは首を振った。
アルフォンス以外の家人は眠るバラック邸の前、マイロとアンジェラは最後の確認をしていた。
「ソーン水路に入ったら、まずは北に向かうの。真っ直ぐ西に向かおうとすると行き止まりに引っ掛かるから」
「……分かったよ、もう何度も聞いた」
珍しく饒舌なアンジェラにマイロは不機嫌に答える。そんなに心配なのか。
アンジェラは一緒には来ない。万が一見付かった時を考えてマイロが頑なに断ったからだ。マイロとしては当たり前だと思って断ったのだが、アンジェラはひどく不服そうだった。アルフォンスも「まずは駒を揃えたい」ということなのか双子の帯同を提案してきたが、目立つ二人に付いて来られても困るといって断った。その言いようが気に食わなかったのかもしれない。
「では頼んだぞ」
アルフォンスからの力強い握手を受けてマイロは頬を引き締めた。考えてみれば失敗は自分の身も危うくなることを意味する。初めて味わう緊張感があった。
「入り口までは案内頼む」
マイロがそう言うとアンジェラは組んでいた腕を下ろし、アルフォンスに頷く。
「こっちよ」
通りを歩き出すアンジェラの後ろを行きながらマイロはアルフォンスに会釈をした。屋敷内での挨拶で良いと言ったのに門の前まで見送ると言った長官を、マイロは憎めない男だと思った。
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