アヴァロン 二章 接近
7
アルフォンスは立ち上がるとアヴァロンの短い日中が終わってしまった窓の外に目をやり、カーテンを引いた。
「今日は泊まっていったらどうだ?」
「いや、いいよ」
マイロはあくまでも遠慮するように答える。本音は昼のような夕餉の時を迎えるのがまっぴらだったからだが。
「ならうちに泊まる?」
横からのアンジェラの声にマイロは慌てて振り向いた。
「……なんでだよ!」
「あなた達の家、今はもう警備隊が押し寄せてるはずよ」
アンジェラからの返答にマイロは言葉を失った。そして思い出す。アンジェラが言った自分も要注意人物に挙げられているという事を。
「どうするの?」
アンジェラは無表情に問い返してくる。
「……遠慮しておく」
マイロは呟くように言いながら胸元の痣を摩った。アルフォンスがふふ、と笑いを漏らす。
「マイロ君だって男の子なんだぞ?あまりからかうな。……やっぱりうちに泊まっていきなさい」
アルフォンスからの正直助け舟と思える提案に、マイロは渋々頷いた。


マイロが泊まるという事に喜んだ顔を見せたのは、やはりフリュカだった。手放しで喜ぶ妹の横でクラウディオは話し相手なら誰でもいいのか、どこか楽しみな様子を見せマイロを不安にさせた。母マルゴはいつも通りの微笑みをたたえたままだったが、興味が無いという空気を嫌という程感じ取れた。
マイロは宛てがわれた部屋のベッドに横になりながら、天井をただぼんやりと眺める。昼食から久々に豪勢な食事を詰め込んだからか、もうすぐ夕食だと言われても入るかどうか心配だった。
真っ白な天井にランプ傘の金の装飾が反射する。磨き込まれた窓といい手入れは毎日のように行われているのだろう。
サリナというメイドはこの屋敷で、どんな暮らしをしていたのだろう。デーモンと対する時は嫌という程冷徹になれるマイロでも、故人の生活の場に触れると考えてしまうのだった。
アルフォンスは『サリナは軽い疲労を感じていた』と言っていた。ポールの言葉を思い出す。
『厳しい状況になってきた』
今までデーモンに食われるものが精神疾患者と認定されるような状態だったとすれば、確かに酷い悪化の仕方だ。これからは爆発的にデーモン化する人間が増えてもおかしくない。
では何故、なぜこんなにも状況が変化した?
マイロは頭を振るとベッドから起き上がり、窓の外を眺める。
考えてもしかたがない。答えなど降ってはこないし、既に自分の周りは動き出してしまっている。それはまるで、家から出たマイロの時が漸く流れ出したかのようだった。


腹熟しに、と庭に出たはいいもののどの方向へ行けばいいのか、マイロは迷っていた。すっかり日が沈んだ藍色の空に妹の顔を思い出す。今晩は行けそうにない。いや、暫くは無理だろう。
何が逢いたくなった時はいつでも、だ。
マイロは自嘲した。そもそもナシュカに会いに行くのは自分の罪悪感からだけだった。自分の自由と引き換えに妹をあの家に差し出したのだ。
こんなにも吐く息は白いのに健気に咲く花を仰ぎ見る。
「公園で見た花と同じだ……」
思わずマイロは一人呟きを漏らした。フリュカと出会った公園に咲き乱れていた落葉樹につく白い花。チラチラと舞う花びらはまるで雪だ。年中雪がちらつくこの地域ではあったが、神秘的な雰囲気を醸し出す木に目を奪われてしまった。
不意に聞こえてきた争い声にマイロは肩を震わせる。聞き覚えのある声だ。若い男女の言い争い。子供の騒ぎ声にも聞こえるような深刻さは感じないものだったが、気になったマイロは声の方向へ近づいてみることにした。
屋敷の角から覗き込むと裏庭にあるテラスの前で、ぼんやりとした明かりを受けながらフリュカと兄クラウディオが何かを言い争っている。クラウディオがからかうように何かを言うたびにフリュカがムキになって言い返している光景は、他愛ない兄弟喧嘩にも見える。が、クラウディオの声の一部が漏れ聞こえてきた時、マイロは面食らってしまった。
「イキオクレのくせに」
行き遅れ?マイロは眉をひそめる。フリュカのことを言っているのか?どう見ても自分と同年台の少女に言う言葉としてはズレている。昔ならいざしれず、今十代で結婚を焦る人間はいないだろう。しかし、それを受けたフリュカの顔は初めて見るものだった。
天真爛漫、浮世離れした空気を持つフリュカの初めて見る負の表情。泣き出しそうな、爆発する怒りを押さえるようにも見えるフリュカの顔に、マイロは思わず目を逸らしてしまった。
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