アヴァロン 二章 接近
4
「おはよう」
家を出るとすぐに、口元に笑みを浮かべたアンジェラに迎えられる。
「……昨日はいつ帰ったんだよ」
「あなたがうとうとしてすぐよ」
眠気から時系列がバラバラになっていたらしい。てっきりアンジェラが帰ってから眠りに落ちたと思っていたのだが。
「起こしてくれれば良かったのに」
女性の前で眠ってしまったという失態からか、昨日の出来事程度で疲れを出してしまったという未熟さからか、マイロは恥ずかしくてアンジェラに当たる。
「起きると思ったのよ」
アンジェラの言葉に胸元の痣を思い出してマイロは頬を赤くした。彼女の口元が見られなかった。
遠くで子供達が遊ぶ声が聞こえる。被さるように響くのは母親の呼ぶ声だろう。昼ご飯に帰るように言っている。
フリュカの家までの道を歩きながらアンジェラが口を開いた。
「昨日、あの後バラック長官に会ったわ」
「あの後?夜中じゃないか」
マイロの驚きにアンジェラがふ、と笑う。
「私達は長官の部下よ。保安省に所属しているのも全てその理由」
暫く首を傾げていたマイロだが、何と無く意味が飲み込めてきた。つまり普通の上司部下では無いということか。どういう関係性か気にはなったが、双子がガーディアンとしては浮いている理由が分かった気がした。
「だから必ず長官はあなたの味方になるわ。安心して。……それに事情を話したらとても乗り気だったわ」
未だに渋る心を見透かされていたのか、マイロは複雑な気持ちになった。一番の理由は自分の心とはかけ離れた場所で事が運んでいるからだったが、ポールを助けるという目的がある以上、協力してもらうのはこちらなのだ。
暫く下を向いて歩いていたマイロだったが、顔を上げると半歩前を歩くアンジェラに声を掛けた。
「アンジェラ」
自分のいたずらからふてくされていると思っていたアンジェラは、声を掛けられた事自体が意外だったに違いない。
「俺は君の味方なの?」
マイロの言葉に思わず目を大きくした彼女だったが、すぐに少し微笑んだいつもの顔に戻る。
「ええ、そうよ」
マイロはほっとしたように息をついた。
「……ポールが君をライバル視するのもわかるわね」
「は?」
「何でも無いわ」
彼女の謎の言葉を頭の中で反復させながら、マイロは長官の屋敷へと歩みを進めた。


「ようこそおいでくださいました」
大きな白い扉の前でにこやかに微笑む初老の男性に「本当に思ってるのか?」とマイロは思ってしまう。そして小さく首を振った。ダメだ。いくら乗り気じゃないとしても彼に当たるのは間違っている。
フリュカの家、保安省長官の屋敷は案の定一般家庭とは違う大きなものだった。日の少ない地域だというのに植え込みが多く、白い建物とよく合っている。
「マイロ様ですね?」
男性に聞かれ、マイロはゆっくりと頷いた。緊張は無かった。しかし妙に懐かしい世界に苛立はあった。
「どうぞ」
と中に案内され広い玄関ホールを抜けた後、廊下を歩く。
「あの家と随分違って、緊張してるんじゃない?」
アンジェラの意地悪な質問にマイロは後ろを睨んだ。彼女はマイロの背景を分かっていて言うのだから質が悪い。
屋敷の中でも一際大きい扉が開けられ、マイロとアンジェラは中に入る。
「マイロ!来てくれたのね!」
白い豪華なワンピース姿のフリュカが駆け寄ってきた。自分の両手を握りしめる少女に、初めて妹の影を見なかったかもしれない。
「フリュカ、座りなさい。……初めまして、マイロくん」
白を基調とした広い部屋によく映える深緑のビロードの長椅子。そこから一人の男性が立ち上がり、マイロに近寄ってきた。
「ヘッデンシュバルツ保安省長官アルフォンス・バラックだ」
言われなくても分かるさ、と思ったが紹介の仕方に面食らう。てっきり「フリュカの父」「屋敷の主」といった自己紹介をされると思ったのだ。目の前の男が今、何を重点に置いているのか示された気がした。
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