例えばもし私が外見が綺麗で無くとも心が軋んでいようとも、とある男に対しては出来た人間でいようといつもそう深く心に刻みこんでいた。私がしつこくない程のお化粧をして、小奇麗なお洋服を着て、可愛らしい笑顔を携えて着飾ったなら、隣に居る彼はいつも笑ってくれて安らぎを得てくれるだろうと一種の確信を得ていた。恋する女子なら、好きな人を喜ばせたいとそう思うのは可笑しい事では無いだろう。同時にこちらも、彼が私を好いてくれると満足感を得るのも確かであった。女特有の高飛車なところは私にも少なからず有った。しかしやがて、それは“違う”と感じている事を私は気付き、聡明な彼は当然私の本質なんて見抜いていた。焦燥感がじわじわと身に心に浸食していく。タイムリミットは、もう近い様な気がした。

「腹が立つ」

私を半ば睨みつけてすっと目を逸らした先には名の知れている噴水が佇んでいた。吹き上げる大量の水と、その下で落ちてくる飛沫を身に受けてはしゃぐ子供達。キャッキャッと笑う子供達の手には色とりどりの風船があった。デパートやスーパーの前でたまに配っているあの安っぽいやつを嬉しそうにしっかりと掴んでいる。“何を”私の声は届かない。幸村は、此方を一度も見やる事無く噴水へ近付いた。脳内で警報が鳴る。彼は何をしようとしている。

「幸村!」

ヒールで駆けてバランスを崩して地面に手のひらが付く。咄嗟に顔を上げて幸村の背中を追えば、彼は子供の手から風船をひったくってそれを片っ端から足で踏みつけていた。辺りにパン、と薄いゴムの割れる音が響く。一心不乱に風船を割って、でも幸村の顔は至って真面目だった。いや、真面目とは云えない、背筋が凍るほど無表情だったのだ。「幸村!」綺麗なワンピースがひるがえるのも気にしないで彼の元へと駆け寄る。テニスで鍛えた逞しくも男としては細い彼の腕を掴む。やめて、周りの目も気にしないで私は必至に声を荒げていた。何をしているの!此方を向かない彼に私は泣きそうであった。風船ももう彼の手には無い。動こうとしない幸村を無理矢理引っ張ってその場から脱そうと試みる。「幸村、お願いだから」震える声は半ばその役割を果たしてはいない。
騒々しくなった辺りを逃げるように抜けていく。走ろうとしない幸村を力一杯引きながら、何を考えているんだと怒りなんだか悲しいんだかでもう頭の中も心の中もぐちゃぐちゃだった。「おまえのせいだ」ぽつりと紡がれた言葉に私は目を見開く。足は止まっていた。

「お前のせいだ。お前が俺をこんなにも駆り立てた」
「ゆきむ……、精市」
「いつものお前は偽物じゃないか。俺が気付かないとでも思ってたの?俺を“幸村”と呼んで必死に声を荒げていたお前こそが本当のお前じゃないか。何を、してんだよ」
「……」
「俺も、俺も何してんだ……」

あぁ、泣いてしまいたい。声を張り上げて咽び泣いてしまいたい。そして彼を思い切り抱きしめたい。周りの目なんかもう気にしなかった。私には、私と幸村しか此処には居なかった。見たことのない彼の顔を歪めた表情が私の胸をどうしようもなく締め付ける。私はその場にしゃがみ込んでしまった。緩んだ涙腺は留まる事を知らず、とうとう顔を覆って嗚咽を洩らした。



20120913
―――

企画「曰はく、」様に提出
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -