ゴミ箱 | ナノ


「一、二……、三、」

 弓を引き絞り、甘雨は簡素な的に狙いを定めた。鋭利な矢先に白銀の氷霜がともる。花の形を模したそれは、彼女がカウントを進めるたびに重なっていった。風に乗って粒子が散らばり、甘雨の周囲だけに吹雪の一片が現れる。「四、五、六、」矢の先に咲く、計六つの花がひとつになる。花弁の結合した銀色の花は、すでに花のかたちと認識できないほど重なり合い、大輪と化していた。「七、は……、ち、」甘雨の腕が震え始める。内側に入れた肘は軋みながらも、彼女の武器を強固に支えた。ぎりぎりと弦が悲鳴をあげ、散った霜が甘雨の身体を薄く覆い始める。

「……きゅう、」

 白い頬には薄氷が張り付き、矢羽は凍りついていた。指先は手套の下で真っ赤に染まっている。紫水晶の瞳は凛々しくひかり、的だけを見据えていた。
 雄々しく渦巻く氷の風が甘雨を包み込む。流れ、捩れることなく一点に元素力が集中する。彼女の喉はひりつき、粘膜すら氷の結晶に侵されようとしていた。
 身体の内側から凍りついていく感覚を、甘雨はよく知っていた。それは矢の発射時にのみ得られるものではない。人の世に紛れようとすればするほど、彼女の内臓は冷えていく感覚に襲われた。神の目の所有者であるからではなく、半仙であるからでもない。己の心に正直になろうとすれば、身体がそれを拒絶する。彼女はそれが苦しくてたまらない。

「――――ふ、っ!」

 直前で詰められた息が自由を得て、一閃が放たれた。
 周囲の空間を巻き込んで、莫大な質量が甘雨の視線の先を貫いた。豪雪を凝縮した一撃が、甘雨のおよそ三十メートル先で爆発する。地面を抉る強烈な暴風と、命の終わりを押し付ける極寒の銀幕が、彼女の視界いっぱいを埋め尽くした。

「……、」

 烈風が甘雨を吹き飛ばそうとその身をよじっても、彼女は一歩たりとも引かなかった。赤と青が滲み、それらが混ざり合った瞳で視線の先を凝視している。
 やがて視界が晴れ、彼女の狙っていた的が跡形もなく消え去っていることを確認すると、甘雨は胸を撫で下ろして武器を下げた。

「ふう、」

 彼女は熱を取り戻し、頬についた水滴を指の背で軽く拭う。あれほど勇ましかった表情も、普段通りの柔らかいものとなっていた。

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