ゴミ箱 | ナノ


#完凸公子の番外編



 ああそうだよ、俺はおかしくなっちゃったんだ。これでいい?
 投げやりになったわけじゃない。本当に、俺はなまえにおかしくさせられてしまったから、事実をぶつけたまでだ。
 俺の下で足掻こうとして、結局何もできないなまえは本当に可愛いな。暴れたって無駄なのに、続けていれば解放されると思っていつまでも抵抗をやめない。俺がなまえをベッドに押し付けて、何もせずに床に足をつけさせたことなんか一度もないのに。

「好きだよ、なまえ」

 囁いて、白い首筋にキスをする。「なまえもしてよ、ほら」自分の襟元をあけて肌をさらして、けれどもそこに唇が向かってくることなんか無いことは分かりきっているから、いつもこうして何もない真っ新な肌を見せるだけになってしまう。

「痕、つけてよ。俺はなまえのものだって証明して。なまえは俺のものなんだから、俺もなまえのものにしてよ」

 本当は証明なんか必要ないんだ。見えるものに価値なんかない。重要なのは何を見て、どう感じて、自分が何をするべきか考えて実行することだ。

「おかしい、アヤックス、おかしいよ、」
「だから。そうだよ、俺はおかしいんだ」
「やめてよ、いやだ、こんなのアヤックスじゃない、」
「俺がアヤックスじゃないといけない理由って何?」

 そう問えば、なまえは口をつぐんだ。ほら、答えられない。なまえの発言はいつだって突発的で、問題から目を逸らすために発されるものだ。

「なんで答えられないの?」
「だって……」
「おかしくないのがアヤックスなら、おかしくなったアヤックスの俺はどこにいけばいいのさ」
「なに……?」
「……いいよ、別に。俺はもうアヤックスじゃないしね。タルタリヤ、って呼んでよ。それが俺の今の名前だ。公子でもいいよ、なんでもいい」

 なまえが俺のことを呼んでくれるなら、別にそれがどんな名前だって構わない。大切なのはなまえが俺のことを呼ぼうとして、自分の中から一番俺に相応しい名前を選んでくれたってことなんだから。

「アヤックスはこんなことしないなら、アヤックスじゃない俺は、どんなことでもすると思わない? ふふっ、だって俺はアヤックスじゃないんだから」
「違う! アヤックスはアヤックスだもん、アヤックスはこんなことしない!」
「だから、俺はアヤックスじゃないんでしょ?」

 こんなのただの言葉遊びだ。けれど、なまえからしたらそうではない。目の前の男が何者なのかも分からないのに、どういう人物なのかだけは、嫌というほど分かっているし、知っている。
 ああ、分かっていないから、こんなことになっているのか。細められた視界の向こうにあるのはいつだってなまえの泣き顔だ。それは戦うこともできない弱い人間の表情ではなくて、戦って尚、自分は立つべき場所を間違えたのだと悟った者の表情だ。
 間違ってない、自分の居場所はここなのだと、意固地になっているなまえの顔でもある。
 これを、この顔を、さらにめちゃくちゃにしてやるのがたまらない。なまえの、桃色に染まった頬が好きだ。真っ赤に腫れた瞼も、そこから漏れるきらきら輝く涙も、喘ぐことしかできなくなった唾液まみれの唇も、全部、ぜんぶ好きだ。大好きなんだ。

「大声を出してもいいよ? 叫んだらアヤックスが助けに来てくれるかもしれないしね。来ないと思うけど」

 耳が壊れるほど叫ぶようなら考えものだ。そのときは、指でも噛ませてあげればいいかな。ああでも、噛みちぎられたら困るから、何か適当な布でも口に詰めてやればいいか。
 身体はすっかり火照っていて、腹の奥に煮えた熱を溜め込んでいる。これは全部なまえのために作られたもので、なまえのために燃え上がったもので、なまえのために放らなければならないものなんだ。
 唇を湿らせるために舌を出す。キスをするときに唇が乾いていたら、印象が悪くなってしまうかもしれないから。身体を寄せただけで騒ぐなまえは本当に威勢が良い。これを力でねじ伏せて大人しくさせるのも、良い。

「やだ!! アヤックス、ねえアヤックス! やめて、やめてよ!」
「誰その男? アヤックスって誰だよ、何、そいつのこと好きなの?」
「ちがう……」
「……ああそう、違うんだ。じゃあいいだろ」

 傷ついて、開き直って、開いた口を縫う。そこから漏れ出るものがなんだって構わない、なまえが受け止めてくれるなら、それこそ、なんでもいいんだ。


もう一生同じような話を書き続けるのか?

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