小説 | ナノ




「わたし、海賊になりたかったんです」
「あァ?」
「自分の船を買って、好きなお菓子の名前をつけて、誰もが知ってる女海賊になって、皆が欲しがる金銀財宝を手に入れて、それで、海の上で死ぬのが夢だったんですよ」
 昔の話をしたくなるのは、決まって心が弱っているときだ。実際に、そのときのわたしは弱っていた。煽られるままに飲まされた一杯のお酒に、こんなに胸を開かれてしまって、叶えられる筈もなかった夢の話を、ライダーさんにこぼしてしまっている。
 三角のカクテルグラスを傾けて、甘いリキュールを口の中に流し込む。ここがカルデアの食堂ではなくて、もう少し洒落た雰囲気のバーなんかであったのなら、もう少し格好がついたかもしれない。このお酒の名前は何だっけ。残りの少なくなった蛍光緑を眺めながら、ぼんやりとグラスのふちを目でなぞる。
「それ以上飲むんじゃあねェ」
「あ、」
 ライダーさんに、グラスを取り上げられてしまった。左に流れていくわたしのミドリ。彼の膝に手をついて身を乗り出したところで返ってくる筈もない。二人ぶんの体重でソファの一部がひしゃげる。「ライダーさんは、海賊になりたくて、海賊になったんですか」「俺ァ海賊じゃあねえ、探検家だ。おまえさん風に言うとそうだな、航海士か」「でも、船長? 提督? だったんでしょう」「おまえん中で船に乗ってる奴は全員海賊か?」気をそらさせようとしても無駄で、彼の長い髭で顔をくすぐられる。ムキになって、さらに身を寄せて手を伸ばす。なのに、お酒はさらにわたしから離れていく。ライダーさんとの距離は、もっと近くなる。
「落ち着け」
「これが落ち着いていられられ」
「舌回ってねえじゃねえか。まあ、こんなに酒に弱くちゃあ、海賊になんてなれねェな」
「なんれれす」
「あァ? そりゃあ、朦朧とした意識の中、抱かれて身ぐるみ全部剥がされて。どっかに売られちまったァなんてことになったら、とてもじゃねぇが恥ずかしくて海賊なんて名乗れねぇだろうよ」
 わたしはお酒に弱かったから、海賊になれなかったんだろうか。いや、ただ単に。本気でなろうと思っていなかったからなのかもしれない。彼の言葉が胸に来て、年甲斐もなく落ち込んでしまう。
 バランスを崩して、太い脚の上にばたりと倒れ込む。痛い。「残りは頂くぜェ」ライダーさんがわたしのお酒を飲み干す音が聞こえた。
「なまえチャンにはまだ早かったみてぇだなあ」
「何がです」
「酒がだよ」
「もう、子供じゃないんですから。お酒の一杯や二杯飲めるようにならないと、きっと海賊になんかなれません」
「海賊にしてやろうか?」
「え!」わたしが海賊に!
 咄嗟に身体を捩じって彼を見上げた。長く伸びた白い顎髭を指で整えながら、ライダーさんはわたしのほうをちらりと見下ろした。
「俺と一晩共に出来る覚悟があンならな」
「あります、あります」
「……海賊になりたくて身売りする奴があるか」
「でも、す、スカウト!? でしょう!?」
「バァカ。俺は、海賊じゃあ、ねェの!」
 大きな手でばちりと頭を叩かれる。目の前がちかちかした。どっこいせと身体を起こされて、ライダーさんの股の間に座らされる。中身の空になったグラスが机の上に置かれた。メロンの果肉も食べられた。そうだ、メロンボール。
「ドレイクさんにもティーチさんにも断られたんですよお」
「ハァ!? 先手打たれてんのか!? 本ッ当にテメェはよぉお」
 後ろから頭をぐりぐりとこねくり回されて、抜けかけていた酔いが再び回り始める。「そこ! イチャイチャしない! それ飲んだらさっさと部屋に戻って寝ること!」厨房のほうから響くブーディカさんの怒声が、耳の中でほどよく混ざった。




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