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 ぞっ、として、目を剥いたが最後。「なまえさん!」ひどく見憶えのある顔で、ひどく聞き憶えのある声で、彼はわたしの胸に飛び込んで来た。
 冷たい床に背を打ち付ける。視界に差し込んでくる光量と脳裏を駆け巡る情報が多すぎて目が眩む。後頭部を軽く打ってしまって、さらにあたまのなかが掻き回される。しかし、身体に受けた衝撃よりも。目の前の出来事が、どうしても信じられない。
「あはっ、あはっ、なまえさん、なまえさんだ、」
 わたしの腹に馬乗りになった藤丸くんは、頬を桃色に染め上げながらこちらを見下ろしている。おかしい。そんなのありえない。だって藤丸くんは、今の今までわたしの隣に居て、同じ場所に視線を向けていたのだもの。「なまえさん、」「なまえさん、」ふたつの同じ声が重なる。そうだ、きっとこれは幻覚か何かに違いない。わたしの頭がおかしくなったのだ。だって藤丸くんは。
「なまえさん!」
 視界の端から飛び出して来た藤丸くんが、わたしの上に乗っていた藤丸くんを突き飛ばした。藤丸くんを目で追う。どちらの藤丸くんを? 彼は藤丸くんなのか? どちらが人類最後のマスター? 疑念と不安で頭の中がいっぱいになる。
 だって、だって彼は。あの、光溢るる召喚サークルの中から、白い柱を割って弾き出されたのだ。
「なまえさん、大丈夫ですか」
「なまえさんに触るな!」
 右からも左からも藤丸くんの声がする。わたしの右側にしゃがみ、起こして背中を支えてくれる藤丸くん。わたしの左側で、床の上に這い蹲りながら怒声を吐く藤丸くん。
 どうして。わたしは藤丸くんがサーヴァントを召喚するところを一目見たくて、一緒に召喚陣を眺めていただけなのに。本当は藤丸くんは双子で、わたしをびっくりさせるためにこんな細工をして見せたとか。ちらりと藤丸くんの顔を見上げてみたけれど、そこに笑顔は微塵もなかった。
「……あれ、なまえさん、職員の制服? ここのなまえさんは、マスターじゃないんだ……。じゃあ、もしかしてオレ、そこのオレの言うこと聞かないといけないんですか?」
「オレ、って言うことは、キミは、やっぱり、オレなの?」
「ハハハ、そうだよ。オレは、オレキミ。藤丸立香。人類最後のマスターだった人間だよ。ああ、もう人間じゃなかった。そんなことより!」
 藤丸くんは右横の藤丸くんと同じように、わたしの左隣に片膝をついて座り込んだ。
「なまえさん。今回も・・・。オレの、マスターになってください。なってくれますよね、」
 左手を掬われて、祈るように握り締められる。どうして。どうして。彼は一体、どうなってしまったの。




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