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 頭ひとつ、出ていたという訳でもなく。
 そうだ、その女はまさに、なんの能も持たぬただの凡人であった。魔術の才があったところで、魔術回路の本数も少ない三流魔術師、機関の支援を受けなければマナの行使も満足に出来ないと来た。
 謂わば、何の変哲もない有象無象のひとつのうちの、まあどこにでもいる女である。
 そんな一介の女に何ができようか。人理修復とは、さぞ大層なことを成し遂げたようで。
 しかし、天命を背負う星の一つでもなければ、豪傑の血を受け継ぐ者とも違う。群衆を率いる聖女でも、数多の兵を束ねる大将軍でもない。
 この世の生き残りの、その末端。世界の果てをしばらくの間、遊泳することを許された数少ない命のひとつ。
 此処において、全ての願いをかけられたもの。
「…………おや、」
 まだ、館内に夜の色が馴染み始めた頃だ。
 はめ殺しの大窓、その縁に、見覚えのある女が座っているのが見える。細い膝を抱え込み、ぼうっと外を眺めていた。
 それはこの胸の内を掴む者であり、いま一番、俺の心をふるわせる者である。
 血が滾る感覚とはまた違う。臓器を、得体の知れぬ情に押し上げられている。鼻から息が抜けたのは、勢いに乗せられそうになった頭を冷やすためだ。
 呆けた顔で窓の外を眺めるその女こそ、使い魔のひとつとして世の意志に練り上げられたこの俺の、唯一の契約者――カルデアのマスターに他ならなかった。
 それが、ぽつりと身を縮こませて、なにやら思い馳せた顔で座り込んでいるのである。
 何をしている訳でもなく、ただ、透明な硝子の向こうを見ている。今宵は雪もなく、比較的明るい夜だ。それを見ながら、ぼんやりとそこに座っている。消灯時間も過ぎた館内の窓辺にて、寝間着に着替えることもせず、静かに、呼吸だけをしているのだ。


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▼2018年11月24日発行の新殺夢アンソロに寄稿させていただいた新宿のアサシン×女マスターの話のサンプルになります。

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