SSS | ナノ


 熱風を裂く音に、心臓を射抜かれたような気さえした。
 神弓より放たれし青白い閃光、その一矢に左胸を貫かれる。世界が脈打つ。肺が破れる。身体中が熱に侵される。溜まり、溢れたそれは地に吸い取られ、わたしは氷のようになる。
 わたしはあのとき死んだのだ。そう、確実に死んだ筈だった。世界が黒に染まる瞬間を、この目で確かに見届けた。壊れた身体から真っ赤な水が溢れ出していく感覚を知った。熱い。寒い。熱い。寒い。痛みはわたしが生きている証拠だった。それも、もうすぐ無くなる。勘の鈍いわたしでも、それくらいのことは察することが出来た。
 この世から意識が無くなる直前の呼吸の味を、今でも鮮明に憶えている。しかし、わたしの命は取り戻された。皆の想いと力と奇跡が連鎖し反応したことにより、わたしの肉体は死を覆し、魂は肋の中に押し留められてしまった。皆がわたしの生還に喜び喘ぐ中、あのまま死んでも良かったのにとは、口が裂けても言えなかった。
 白い雷が召喚陣の中央に集約する。わたしは目を見開いて、輝く光源を注視し続けた。打ち立てられた光の柱が宙に溶けて消える。ぞわ、と背筋が粟立ったのは、見覚えのある黒がわたしの視界に入ったからだ。
 わたしを殺した男の瞳の色と、同じ黒。ぐるりと回った眼球。漆黒の瞳が、溢れる光の中に浮かび上がる。
 狙いを、定められた。
「……、やっと、」
 やっと、やっと。男は譫言のように呟き、薄ら笑いを浮かべながら召喚陣の中央に立っていた。彼の身を包む白い光は崩れ落ち、分散し、やがて消えて無くなる。あのときの、わたしの命みたいに。削ぎ落とされた魚の鱗だって暫くこの世に留まってくれるのに。何に追われている訳でもないくせに、何をそんなに忙しそうに。
 残った光を辺りに散らしながら、男が性急にこちらへと近づいてくる。挨拶も無しに行動を起こすサーヴァントなんて初めてだった。大体みんな、召喚時に一言二言、挨拶をしてくれる。あのバーサーカークラスでさえそうだ。なのに、彼にはそれがない。あまりに唐突のことで、頭が混乱する。死神に心臓を掴まれる感覚を想起してしまう。
 彼は両腕を広げ、その胸に溢れる感情を全身で表すようにして距離を詰めてくる。わたしを脅かそうとしているようには、到底思えなかった。だって、彼は心底嬉しそうに、あの整った顔を歪めて笑っているのだ。
「やっと、やっとだ。やっと、はは、やっと……! マスター、貴女は私のマスターですね? そうでしょう。そうに決まっています。貴女は私のマスターだ、マスター、マスター、なまえ。この私のマスターに相応しい、美しい名ですね」
 つかつかと歩み寄ってくる彼は悍しいほどの破顔をわたしに向けていた。左胸が痛む。心臓の中に矢尻でも残っていたのだろうか。恐怖がわたしの喉元を撫でる。ヒ、と情けない声が出た。彼と顔を合わせてから、初めて出した言葉がそれだ。
「やはりあのとき、貴女の胸を射ち抜いて正解だった!」
 声を張り上げられて、わたしは思わず後退してしまった。彼が何を言っているのか理解出来ない。膝が震える。彼の影に飲み込まれる。強大な力を持つサーヴァントを召喚できて嬉しい筈なのに、どうしてか、わたしは素直に喜ぶことが出来なかった。
 確かにわたしは、彼と同じ顔の、同じ名前のサーヴァントに心臓を貫かれたことがある。しかし、そのときの彼と、今ここに召喚されている彼は別のものだ。今までの経験から言えば、別のものである筈なのだ。だから、彼を恐れる必要はない。頭では分かっている筈なのに。
「“カルデアのマスター”に召喚されるだけなら、私があそこまでする必要はありませんでした。しかし、私はもう一度“貴女”に会いたかった、どのカルデアのマスターでもなく、貴女に、貴女に会いたかったのです、なまえ、」
 別のものであると、そう信じていたかった。記録はあれど記憶までは有していない、ただ座より切り分けられた分霊だと言って欲しかった。
「失礼、申し遅れました、ああ、なんと言うべきか……サーヴァント、アーチャー。アルジュナと申します。マスター、私を存分に……存分に、フフ、ハハハ……っ」
 笑いを堪え切れないようすで、彼は肩を震わせる。「ふふ、ふ」その薄い唇に弧を張り付け、わたしの身体にそっと腕を回した。背中、左胸の裏側を、大きな掌で支えられる。抱き寄せられて、怖くて、わたしは身体を強張らせた。
 熱い。触れられているそこが、矢を受けたときと同じように脈打つ。
 嬉しそうに目を細める彼は、叙事詩マハーバーラタの大英雄、アルジュナではなかった。そうだ、彼は。第五特異点、一七八三年の北アメリカ大陸で邂逅し、不意を突いてわたしの心臓を神速の矢でえぐり抜いた、あの――。
「そう、この傷を、貴女の身体に刻んだ、この傷を、ずっと、ずっと……」
 探し求めていたのです、マスター。
 わたしの鼻先でそっと呟いた彼の、その瞳は狂気に満ちていた。谷底色の双眸が、わたしの眼の奥をじいっと見つめていた。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -