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(巌窟王出ません)(ぐだ子ちゃん片思いっぽいです)






「ダンテスさんがたばこを? ……見たことないですね」
「え、うそ。エドモン、いつも吸ってるし、どこでも吸ってますよ」
「……タバコの臭いすら感じたことないです」
「うそだあ」
「本当ですよ」

 嘘を吐いているようではない。なまえさんは本当に、エドモンがタバコを嗜んでいることを知らないのだ。びっくりした顔のままコーヒーカップに口をつけたなまえさんは、舌を火傷したのか、眉間に皺を拵えながら肩をびくりと跳ねさせた。それから少し間を置いて、思い出したかのように、私もカップに口を付ける。
 なんだか無性にむかむかしてきたのは、気のせいではなかった。脳裏に浮かんだのはエドモンの憎たらしい笑顔で、つい、眉間に皺が寄ってしまう。
 いい子ぶらないでほしい。そんな、なまえさんの前でだけタバコを吸うのをやめるとか。そんなのは、そう、狡いじゃないか。
 例えば彼の肺がニコチンとタールに犯されていたとして、生の内臓を持たない彼は病気の心配をする必要がない。
 煙を肺に入れるような吸い方をしていると決まった訳では無いにしろ、それなりに健康には気を遣ってもらいたい、と云うのがわたしの本音だった。実際に敵と斬り合い殴り合う戦闘を行うのは彼らであり、マスターであるわたしではないからだ。サーヴァントが人の病にかかるなんてほとんど有り得ないのだろうけど、人の形をしているからこそ、より、情が生まれてしまう。
 戦闘終了時の彼は大抵の場合、タバコを咥えている。白くて細い、煙の出る小さな筒を、少し焦燥を孕んだ目で眺めていることが多かった。あの宝石みたいな赤い瞳を少しだけ瞼の下に隠して、フウ、と煙を吐く。わたしが彼の名を呼んでも、タバコがその唇から離れることはない。「どうした」と、あのタバコを咥えたまんまの唇で、優しく、そう聞き返すだけ。「なんでもないよ」「そうか」エドモンはタバコをふかすと、すぐ虚空を見る。何に想いを馳せているのかは、なんとなく、分かる。それは煙のように、いつか必ず宙に溶けていってしまうものだと知っているからだ。
(あと、受動喫煙とかも、あるし、)
 コーヒーカップの中を見つめても、黒い闇が広がるばかりだった。冷めても酸味が広がらないコーヒーを選んだのは、わたしがなまえさんのことをより良く知っているから。
 エドモンなんかに負けるものか。わたしのほうが、なまえさんと一緒にいた時期は長いのだ。

「う、嘘だ、ダンテスさん、咥えタバコなんかするんですか?」
「うん。いつもだよ。たまに吸いながら戦ってる」
「吸いながら? 危ない……」
「それ、なまえさんからもエドモンに言ってやってくださいよ。灰が服に落ちたりしたら危ないからやめたら? ってよく注意するんですけど、」
「けど?」
「今のうちにな、って聞かないんです」

 今のうちに?
 なまえさんは可愛らしく口を開けて、それを復唱する。ぽかんと開けられた小さな口に目を向けると、なまえさんはすぐに口を閉じた。

「エドモン、別に禁煙してる訳じゃないと思うんですけど、今のうちに、ってことは、誰かに吸ってることを隠してるからじゃないかなあと思うんですよね」
「確かに、ちょっと変ですね。……そっか、ダンテスさん、タバコ、お吸いになられるんですね」
「なまえさん、タバコ苦手なんですか」
「はい、ちょっと……。臭いがダメで、目に染みるし、具合も悪くなってしまうので」
「大変だ」
「や、喫煙家の方々すれば迷惑なので、あんまり、言わないようにはしているんですけども」

 なまえさんはちょいちょいと頬を掻くと、困ったように笑った。

(――あ、ああ……、)

 その仕草に、わたしは何度もどきりとさせられる。なんだか、いけないもの、と云うか、特別なもの、を見たような気分になってしまう。もう少し押せばこちらの要求が通るのではないか、と何をせがんでいる訳でもないのに、期待が溢れてしまう、どこまでも繊細で、胸がざわつく表情だった。
 押しに弱い人なのだろうな――付け入る隙の大きな微笑みに、たまらず視線を逸らした。

「……エドモンが」
「はい」
「エドモンが、なまえさんの傍でタバコ吸ってたら、なまえさんは……エドモンのこと、嫌いになりますか」
「え」

 突拍子も無いことを。なまえさんの心が透けて見えた気がした。

「嫌いになんかなりませんよ」
「わたしが」
「はい」
「わたしが、タバコを吸っていたら?」

 なまえさんは、どう、思うのか、少し、気になってしまった。

「喫煙は、その人の趣味ですから、別にいいと思いますよ。わたしは、藤丸さんがタバコ吸ってても、別段嫌いになったりしませんし」
「でも、わたしからタバコの臭いがしたら、なまえさん、わたしとお話ししてくれなくなっちゃう……」
「どうしてそうなるんです」

 だって、なまえさん、タバコの臭いが好きじゃないんでしょう。

「あ」

 瞠目して、それから、喉より声が湧いた。
 机を叩いてすぐさま立ち上がる。膝の裏で押し出された椅子がわたしから距離を取った。

「ど、どうしました?」
「なまえさん」
「はい」
「エドモンって普段、どんな匂いですか?」
「お、お花みたいな……」

 エドモンがそんな香りを漂わせているなんて、ちょっと信じられなかった。しかし、実際の彼が(四六時中ではないにしろ)花のような芳香を纏っていることは確かにあったし、なまえさんの思い違いだとは流石に言い切れない。
 そのうち、なまえさんからも、あの花の香りが漂うようになるんだろうか。鈴蘭の白を思わせる風の匂いを、わたしの目の前で香らせるように、なるのかな。
 わたしの鼻腔を撫でたのは、奥行きのある甘やかな花の香りで、無性に、胸が苦しくなる。
 この人は、わたしの香りすら、移させてくれはしないのだ。

「藤丸さん?」
「……なまえさん、いい匂いするから、わたし、今のなまえさんの匂いが、好きですよ」
「え、本当ですか! やった! これ、前からつけてるんですけど、ダンテスさんから頂いた香水で、」

 なんでよ。

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