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(GOGO二号さんの設定)
(真名バレ回避のため「新宿のアサシン」と書きましたが、正確には新宿シナリオに登場するアサシンくんではありません、ごめんなさい)
(少しグロテスクな描写があります)




 彼は道端に落ちた泥を掬い上げる感覚を知っている。水溜まりの中で土と共に生まれたそれが、自分の指の隙間からどろりと零れ落ちる感覚を。不純物をたっぷりと含んだ汚泥が、手の皺に深々と入り込んでいく感触を。拭っても拭っても剥がれることのない腐臭を嗅いで、彼は気が付いてしまった。
 自分が握っているそれが、つぶれた心臓であるということに。
「……アサシンさん。こんなところで寝ないでください。風邪……引くんでしたっけ。サーヴァントって。あの、アサシンさん」
 アサシンと呼ばれた男は、胎児のように身体を丸めながら床の上に寝転がっていた。彼は覚醒していたし、自分にかけられている声が誰のものかを判別できる程度には意識もはっきりしていた。
 彼は瞼を開けている。
 艶やかな長い黒髪がその整った顔を隠していて、なまえからは到底見えそうにもない。
 握りしめた自分の手を唇に寄せて、子供のような寝姿で廊下の端に蹲っている。
 はめ殺しの大窓から、白い光の布団をかけられていた。
「ここ、廊下ですよ。危ないですよ。襲われてしまいますよ」
「じゃあ襲ってよ」
「うわ」
 起きてたんですか、となまえはぎょっとして、座ったまま背を仰け反らせた。
 廊下で一人転がっているアサシンを見たとき、なまえはすぐさま駆けつけて彼の安否を確認した。寝ているだけだと分かった瞬間、彼女の態度は普段通りのものに戻ってしまったが、行き倒れているのかと、まあ当然のような勘違いをしたのだ。
 彼女が揺さぶったり声をかけたりする前に、アサシンは人の気配を感じて目を覚ましていた。しかし、声を上げることもせず、ただただ彼女の体温を肩で感じて、安堵を得ようとしていた。
 先ほどまで自分が見ていたものは、本当に夢だったのか。
 ではあのリアルな心臓の感触は一体。彼の頭の中はそればかりだった。
 己の握り拳を視界の端に捉えながら、『きっとどこかで召喚された自分の記録だ』と自身に言い聞かせ、呼吸らしきものをする。
 あの生ぬるい心臓はなまえのものではない、なまえのものであるはずがないと、懸命に己に暗示をかけた。
 だって、真っ赤に染まった指の隙間の、その向こうに見えたものと云ったら。腐臭に混じって仄かに感じ取れた、あの香りと云ったら。
 なまえのそれと、あまりにも酷似していたのだ。
 襲われてしまいますよ、という彼女の声に反応したのは、彼がそこで思考を放棄したからだ。夢の内容などどうでもよくなるほど、聞き捨てならない言葉だったらしい。そう思い込みでもしなければ、今すぐにでもなまえを抱きしめてしまいそうで。
 それを堪えるために、彼は急いでくちびるを開いたのだった。
「襲ってくれないの」
「襲いませんよ。ここ廊下ですし」
「廊下じゃなかったら? そこ、おねえさんの部屋だろ」
「廊下じゃなくても襲いませんし、部屋が近いからって持ち帰ったりもしません。なんでこんなとこで……」
「おねえさんのこと待ってたら、寝てたみたいだ」
 会話がぽんぽんと軽快に続いたことが嬉しかったのか、アサシンは髪の陰に隠れて頬を緩ませる。
 勢い良く上体を起こし、乱れた長髪を荒っぽく整えながら彼女を見据えた。
「どこにいたんだよ、探したのに」
「食堂です。厨房のお手伝いをしていました」
「なんで言ってくれなかったんだ」
「いや、どこにいたかも知らなかったので」
 なまえはアサシンと常に行動を共にしている訳ではない。彼女にも彼女のプライベートがあるし、有って無いような勤務時間だって決まっている。
 アサシンだって、そうだ。
 中腰のまま応対するなまえは、アサシンの格好を不思議そうな目で見ていた。
 彼はその目線に不安がって、髪に通していた指の動きを止める。
「……? なんだよ」
 彼は自分の服装に何かおかしなところでもあるのかと思い、視線を自分の身体に移した。
 何の変哲もない、普段通りの格好。
 剥きだしの上半身に紺色の手甲、手首に巻かれた赤い布は血が噴き出しているかのように長い丈で、そのところどころが破かれている。整えきれなかった髪はだらりと床に伸びており、アサシンの腕のあたりをくすぐっていた。
 強いて言うとするならば、彼が上体だけを起こしているせいで、脚のほうが俗に言う横座りの状態になっている、ということくらいだった。鮮やかな色の並ぶ腰鎧は、その下から伸びている白布の半分を覆っていて、アサシンの長い脚を隠すように被さっている。
 気分の悪くなる視線だ、とアサシンは眉をひそめ、ムッとした表情でその場に胡坐をかいた。
 ふん、と鼻を鳴らしながら、膝の上で片肘をついて嫌そうになまえを睨みつける。
「女みてぇだなって?」
「……グラビアみたいだったなーって」
「はぁああ?」
 その言葉が何を意味するか、アサシンは分かったようだった。目を剥き、大口を開けて抗議する。
「あんたそれ誰に言ってる? グラビア? あの、軽い春画みたいなやつ?」
「春画!? いや、こうなんか、写真の……少し卑猥なやつ……」
「へー」
 なまえが身振り手振りで本の形を追いかけていると、アサシンは心底どうでも良さそうに返事をした。
 自分から聞いておいてその対応はなんだ、となまえは少し怒りたくなったのか、宙に浮いていた手が軽く拳を作っている。
 なまえの言っているそれがどんなものであるか、アサシンには何となく分かっていた。
 しかし、英霊として召喚された際に、現代の知識と常識はある程度得られたものの、召喚された場所が場所なだけに、娯楽雑誌等の書籍を実際に見たことはなかった。
 単純な興味。それから、なまえという人間に対しての純粋な期待だった。
 にやにやと口角を上げながら、弓なりになった目でなまえを見上げている。
「おねえさんの想像するようなものだから、きっと変な用途で使われるものなんだろうなぁ」
「私が想像するとかしないとかは関係なく、そういう用途で使われるものです!」
「へー、そういう用途って?」
 なまえは、しまった、と云うような顔をした。ご想像の通りです、と返すも、その曖昧な言葉すら逆手に取られてしまい、もう身動き一つ取れなくなってしまっている。
「やっぱり、おねえさんってスケベだ」
「スケベじゃないです! アサシンさんがスケベだからそういう発想になるんですよ!」
 もう! となまえはその場で地団駄を踏む勢いで拳を振り下ろした。
「グラビアって最初に言い出したのは誰だよ」
「それはアサシンさんがそんなスケべな格好してるからでしょ!」
 軽い口論になっていることも気にかけず、アサシンはへらへらと笑いながら立ち上がる。寧ろ、喧嘩一歩手前と云ったこの状況を楽しんでいるようにも見えた。喧嘩になったところで武術を嗜んですらいないなまえに負ける筈もないのだが、それはそれで面白そうだ、とアサシンは目を細める。
「へええぇ、俺の格好、スケべだと思ってたんだ? ふーん、そうしたらカルデアに居るサーヴァントはスケべな奴ばっかってことになるなぁ。俺以外の奴らに対しても、そういう目で見てんのかい?」
 にんまりとしたとびきりの嘲笑がなまえを見下ろした。
 カッとなり、頭に血がのぼったなまえは、彼の言葉を訂正するためだけに叫ぶ。
「見てません!! わたしがスケべだと思ってるのはアサシンさんだけです!!」
 彼を睨みつけ、ふんと鼻を鳴らした。言い切ってやったぞ、となまえは腕を組んで踏ん反り返りそうになる。
 腕を組むところまでは、うまくいっていた。
 しかし、彼が何も言い返してこないことに気が付いて、だんだんと怖がったように俯いていった。先ほどの威勢はみるみるうちに萎んでいき、なまえはいつもよりも少しだけ小さくなる。失言にも程があった、と苦い表情をしているなまえは、うまく彼の顔を見ることが出来ない。
 暫くは彼の反応を待っていたものだが、その場の空気に耐え切れなかったのか、静かに視線だけを上のほうへと向けた。
「ふうん、そっか。そっかぁ」
 そんななまえの心配とは裏腹に、アサシンはふにゃりと口元を緩ませて、心底嬉しそうにほほえんでいる。
 なまえは予想していなかった彼の表情に、眉を八の字にするばかりだった。

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