SSS | ナノ


(課金するためのカードの名前が出てくるため、ちょっとメタいかもしれません)(キャラ曲解多めですすみません)




 誠を、背負ってしまった。
 そのとき抱いた感情は、後悔とはまた違うものだった。後悔なんてしようものなら、それこそ失礼にあたる。だからと云って、素直に嬉しいとも思えなかった。
 いや、彼の行動自体は、震えあがるほどに、うれしかった。
 訓練場の清掃が一通り終わり、用具の後片付けをしていたときのことだ。ちょうど用具入れの扉を閉じたところで、黒の軍服に身を包んだ土方さんが訓練場を訪ねてきた。稽古場の下見も兼ねて、沖田さんを探しに来たのだそう。
 土方さんは、会話の途中なのにも関わらず、何度も身体の向きを変えてはくしゃみをしていた私を見かねて、この羽織を肩にかけてくださった。その気遣いはほんとうに嬉しかったし、あんなに怖い顔の彼にもこんなに優しい一面があるんだなあと思うと、なんだか少し胸がどきりとした。
 でも、この羽織は、わたしにはあまりにも大きすぎて。視界の端に移った色を認識した途端、魂を抜き取られたみたいに、自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。
 彼がわたしの肩にかけてくれたものは、新選組を象徴する、あの、浅葱色の羽織だったのだ。
 ちっぽけなわたしの背中に、そのだんだら羽織はひどく不釣り合いな気がして、どうしても、素直に喜ぶことができなかった。
 深く俯く。白い山型が綺麗に並べられた袖口が見える。勘違いじゃない。間違いなく、あの、浅葱の羽織だ。
「……出過ぎた真似だったか」
 背中のほうから、舌打ちさえ聞こえてきそうな声がして、「いや、そんなことは」と慌てて返事をする。振り向こうにも振り向けない。身体が凍り付いたみたいだった。口の中がねばついて、唇を動かすだけでも精いっぱいだった。
 ずきり、ずきり。胸が痛む。
 これは、こんなにも軽々しく身に付けて良いものではない。わたしに、彼らと同じものを背負えるほどの価値はないのだから。己の忠義を示すこの色に、わたしは一体、己の何を賭けられるというのか。答えは出ない。ならば、この誠を背負う資格など、一片も無いのだ。
「あの、土方さん」
「どうにも薄着に見えた。気に障ったか」
「や、そうではなくて、この、羽織」
「あぁ、」彼はふっと鼻を鳴らした。
 深い意味はない。
 そう言うと、わたしの頭を大きな手で軽く撫でて、くつりと笑う。
 怖くて仕方がなかった。土方さんの手が怖かったんじゃない。彼がこれを羽織らせた意図を自分なりに考えた結果、答えめいたものが目の前にちらついたからだ。
 わたしがこれを羽織っているということは、わたしも彼のように、誠を背負うということなんだろう。
 自分らと同じ志を持てと言われているみたいだった。彼は事ある毎に、こう言うそうだ。『俺が、ここが、新選組だ』と。
 そうは言っても。剣豪でもない、何に長けているわけでもないわたしが、隊士に任命されたとして、一体何が出来るというのか。
 使い捨ての駒くらいには、なれると思う。死への恐怖さえなければ、きっと。(心の底から死ぬのが怖くないと思う隊士など、ひとりもいなかっただろうに、わたしは、恐怖さえなければ死ねると、本当にそう思ったのか)数合わせになれるだけの力も持っていないくせに。あまりにも驕った思考に、舌の根が腐りそうになる。
 わからない。わたしが抱くべき志も、此度召喚された土方歳三というバーサーカーのことも。
 今、自分が何をすれば良いのかも、なにも、わかっていない。
「……なんだ、嫌ならそうと言え。喜ぶもんだと思ったんだが」
「違うんです、嫌じゃないんです」
「なら、何だってんだ」
「嬉しいんです、嬉しいんですけど、わたし、その、覚悟とか、なくて」
 ぎゅう、と胸の前で両手を握る。何に祈るわけでもないのに片方の拳を包んだ。ごめんなさいと、何に懺悔するわけでもないのに。背中を丸めて頭を下げるそぶりをする。
 わたしみたいなのが隊士になろうだなんて、ちゃんちゃらおかしい、でも、彼がそうあれと望むのならば、そう成る以外にないのだと思った。己のくだらない疑いは捨て、迷わずに従うべきだ。
 だって、彼は、誠を背負う鬼の副長。一度隊士と見なされたならば、退くことはまず許されない。誠を信じるために生きよと、彼がそう言うのならば。
「あっ、土方さん! 頼んだもの買ってきてくれました? アイトゥーンカード!」
 どうやってこの複雑な気持ちを告げれば良いか思い悩んでいると、突然、後方から女の子の声がした。土方さんの、さらに後ろ。訓練場の出入り口からだ。
 土方さんはその声が誰のものか察したのか、面倒臭そうに舌を打ち、「てめえ、沖田ァ! 邪魔するんじゃねえ!」と、たいそう大きな声を張り上げた。わたしは彼の怒鳴り声に驚いて、振り向きながら軽く飛び上がってしまう。ひい、と情けない声が出た。
 どうやら先ほどの声の主は、沖田さんで間違いないらしい。でも、確か彼は沖田さんを探しにここへ来たはず。探していた人が見つかったのに、どうしてそんなに怒っているんだろう。
 土方さんの黒い外套がばさりと音を立てて翻る。裏地はまるで血の色のようで。
「えぇっ!? な、なんとぉーっ!?」
 がん、と何かぶつかる音がして、思わず土方さんの陰から身を乗り出すと、新選組の一番隊隊長、沖田さんがその場に膝をついて頭を抱えているのが見えた。
 わたしが肩にかけているものと同じ、浅葱の羽織を着ている。彼女は正真正銘、新選組の隊士だ。
「なまえさん!? 何唾付けられてるんです!? だ、ダメですよそんなぁっ!」
「つ、つば?」
 沖田さんは跳ね返るように飛び上がり、急いでこちらへと駆け寄って来た。しかし、土方さんが間に入っているためか、中途半端な位置で足を止め、鋭い眼光でこちらを睨みつけてくる。
 きりりとした目で土方さんのほうを眺め、そしてすぐ、悔しそうに眉尻を下げた。
「ぬぐぐ……あっ、なまえさん、それは浅葱の羽織! 私とお揃いじゃないですか! お似合いですよ! ……しかし寸法が合っていないような」
「ハッ、そりゃあ俺のだからな」
「俺の!? 俺のってどういうことですか土方さん!!」
 何故か焦っている沖田さんと、余裕そうに鼻を鳴らす土方さん。確かにこの羽織は土方さんのものだ。彼の言い分は何も間違っていない。でも、それにしたって沖田さんの反応は、なんだか変というか、不思議だった。
 沖田さんは困り果てた顔で、何度もわたしと土方さんを見比べている。やっぱりわたしみたいなのに、浅葱の羽織を身に着ける資格なんて無いんだ。
 似合うだなんてとんでもない。だってこれは、新選組の、彼らの信じるべき、大切な、大切な。
「絶対、絶対私の羽織のほうが、大きさも丈もなまえさんにピッタリだと思います! それだとほら、大きすぎません?」彼女は自分の羽織の袖を引っ張りながら言う。
「大は小を兼ねると言うだろう。いいんだよ、これで」
「よくないです! 肩幅合ってなくてどう見てもガバガバですよ! ガバガバ! 自分の魔力で織るにしたって、感覚でもいいから採寸するとかあるでしょう!?」
 二人の間で勝手に会話が進んでしまって、口を挟む暇がない。と言うよりも、言葉の裏側に込められた真意をうまく掬い取ることが出来なくて、どういうことだろうと考えている間に、次から次へと会話が進んでいく。こういうとき、自分の察しの悪さに申し訳なくなる。
「まぁいいです。その羽織が土方さんのものというのは若干複雑ですが、これで私となまえさんはオソロッチというやつになりますね!」
「おそろっち?」聞き慣れない言葉に、つい復唱してしまった。
「はい、オソロッチです! あ、土方さん。頼んでいたアイトゥーンカード!」
「ほらよ」
 本当に、ころころと話題が変わる。
 結局オソロッチというのがなんなのか、いまいちよくわからない。語感的に、お揃い、ということだと思うけれど、答えを聞こうにもタイミングを逃してしまっている。
 土方さんは、懐から麻色の小さな袋を取り出すと、沖田さんめがけてそれを乱暴に放り投げた。危ないじゃないですか! と沖田さんが声を荒げるも、軽い身のこなしで宙に浮いた袋を取り上げる。床の上でうまく受け身を取って、可愛らしくころんと転がりながら袋の口に手をかけた。
「土方さん!? これデイエムエムカードじゃないですか! これじゃないですよ!」
 真ん中に大きくアルファベットのDが描かれた、ピンク色のカードが三枚ほど。袋口から身を乗り出している。
 光に透かした蜂蜜みたいな色の瞳から、小さな雫がぽろりと落ちた。どうやら、彼女の希望していたものと違う品だったらしい。
「とにかくマスターに報告しなければ!! デイエムエムポイントをアイトゥーンポイントにしてくれる交換所なんてあったかなぁ……」
 沖田さんはひょいと立ち上がり、袋の中にカードを入れ直して懐に収めた。土方さんはというと、沖田さんから顔を背けていた。私の方向からは彼の表情を見ることは出来なかったけれど、おそらくばつの悪そうな顔をしているのかな、と思った。ンン、と軽い咳払いをする音が聞こえたからだ。
「では私はマスターを探しに行きますが、土方さん! なまえさんに変なことしないでくださいね! なまえさんも、あんまり一人で行動しちゃダメですよ! 最近、一人で行動しがちな職員の方が、サーヴァントに過激なちょっかいを出されるというコワイ噂が……」
「んな奴、見つけ次第叩っ斬っちまえば良いだろうが」
 過激なちょっかいというワードも気になったけど、それに対するあまりにも物騒な発言にぎょっとする。「き、斬るのはだめですよ」急いで口を挟んでみたものの、土方さんが冗談を言う人にはとても思えなかったので、軽く正面に回り込みつつ「だめですよ」と強い口調で言った。
 土方さんは目を剥いて、唇をきつく締めている。眉間に皺を寄せ、まるで鬼のような恐ろしい顔をつくってわたしのことを見下ろしていた。怖気づいてはいけないと自分に言い聞かせながら、「だめですからね」ともう一度釘を刺した。
 サーヴァントをむやみな戦いから遠ざけるのも職員の務めだ。喧嘩が大きくなって派閥が起き軽い内乱になる、なんてことは絶対にあってはならない。彼らはわたしが思っているよりも血の気が多いのだ。英傑揃いのカルデアでは、ちょっとした口論が刃を交える原因になってしまうことだってある。
「わ、私もそんな不届き者を見たら、頭に血が昇ってさくっと斬ってしまうかもなー?」予想外の声に、急いで首を捻った。振り返り、沖田さんの目をしっかり見据えながら言う。
「沖田さんもですか!? だめです! みんな仲良くしろとは言いませんが、怪我でもしたら大変なんですから!」
「へへへ……わ、わかってますよぅ!」
 沖田さんはへにゃりと笑って、チカンには気をつけてくださいね、とふにゃふにゃした声で続けた。首を傾けながら幸せそうに微笑む沖田さんは、可憐で、愛らしくて、ひどく失礼な物言いだけれど、普通の女の子みたいだった。
「へへ……」
「……てめえはマスターのところに行くんじゃねえのか」
「ハッ! そうでした! なまえさん! くれぐれも気を付けてくださいね! 何かあったらすぐに! この沖田さんを呼ぶんですよ! では!」
 彼女は浅葱の羽織をはためかせて、あっという間に訓練場から去っていった。嵐と云うよりは、旋風みたいな人だ。
 あんなに小柄で可愛らしい人なのに、ひとたび戦場に出れば冷徹な眼差しで敵を斬り伏せるのだそう。わたしも彼女のように強かな人であれば良かったのに。そうしたら、きっとこの浅葱の羽織を肩にかけられたときだって、何のためらいもなく喜べたかもしれない。
 沖田さんが悪い訳じゃない。土方さんが悪いわけでもない。ただ、私の実力と覚悟が足りていないだけだ。軽い自己嫌悪に浸ってしまって、唇を噛みしめる。
 やっぱり、わたしにこの羽織は相応しくない。似合う筈もない。おべっかに喜んでいる暇があったら、少しでも彼らの役に立てるように、今の自分に何ができるかを考えるべきだ。
 土方さんの好意を無下にするようで申し訳ないけれど、この羽織は返そう。襟を掴んで羽織を脱ごうとすると、ぬっと現れた土方さんの手がそれを遮った。そうだ、彼はわたしのすぐ後ろに居た。「あの」「羽織ってろ。返そうなんざ思うな。俺が好きでやってんだ」有無を言わさぬ声色に、やっぱり少し怖気づいてしまう。
 羽織越しに伝わってくる熱と、大きな手のひらの感触。そのままグッと手に力を入れられて、思わず肩が跳ねあがった。絶対に脱がさん、とでも云うような無言の圧力が背中にかけられているのが分かる。急いで襟から手を離して脱ごうとするのをやめると、土方さんは満足そうに喉を鳴らした。
「へくし!」
 そして、何の前触れもなく、唐突に。今になってくしゃみが出た。
 これでは羽織を返す口実が浮かんだところで何の意味も成さない。「うう、」それ見たことか、と土方さんがわたしの肩をさすった。
 それによって、何かのスイッチでも入ったのか。ぐるるる、とお腹が鳴った。勿論、わたしの。
 恥ずかしくて咄嗟にお腹を押さえる。絶対に土方さんにも聞こえてしまった。だってもう、喉でくつくつ笑っているのが聞こえるし、肩の上でなんども手のひらが跳ねているし。
「なんだ。飯でも行くか。ここに来てから日が浅いもんでな、食堂まで案内してくれねえか」
 気を利かせた提案に、本当に頭が上がらない。清掃もちょうど終わったところで、断る理由も無かった。
 でも、この羽織を見せびらかしながら廊下を歩くというのも気が引ける。わたしは新選組の隊士ではないし、見る人から見れば、新選組への冒涜だと思われてしまうのでは。頭の中に不相応の文字がぐるぐると回って、そう簡単に承諾して良いものかわからず唇が震える。
「まあ」急に、耳元のちかくで低い声が響いて。「嫌ならいいんだが」暗い笑みを含んだような声色に、ひやりとする。脳裏に弧を描いた唇のかたちが浮かぶ。
 鼓膜を舌でなぶられているみたいだった。ぼんやりとした輪郭の熱が、耳朶のあたりを優しく撫でる。一瞬にして目が乾く。唾を飲み込む隙もない。「あ……」なんと答えたら、この緊張から解放されるのか。本意以外を口にしたところで、きっと悟られてしまう。早く答えろ、と心臓が胸の裏側を強く叩いた。驚くほど冷たい熱が背中越しに伝わってくる。
「嫌じゃないです」はっきりとそう言えたのは、三回ほど吃ったあとだった。「ちょうど、時間もありますし。食堂、案内します、ね」
 声はきっと震えていた。無理やり笑おうとして、口元がいびつな形をつくる。
「頼む」
 土方さんの表情は全く分からなかったけれど。その短い返事に使われていた声色はひどく優しくて、わたしの冷えた身体を悉く溶かしていくようだった。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -