SSS | ナノ


(エルキドゥの話に関しましては、蛇蝎の設定を基盤としています)(真名バレ回避のため「新宿のアサシン」と書きましたが、正確には新宿シナリオに登場するアサシンくんではありません、ごめんなさい)(アルジュナくんの話はちょっといやらしく感じる描写があります)




「沖田さーん、土方さんからうさぎさん型の沢庵の差し入れです」
「えぇ……要らないです。沖田さんはなまえさんが剥いたうさぎさんのりんごしか食べないのです!」
「メシの選り好みたぁいい度胸じゃねぇか!!」
「なんで土方さんもいるんですか!!」
「うるせぇ!! 黙って食え、寝てる時間があんなら外で稽古でもしてろ!!」
「外は雪ですよ!!」
「流石に沢庵まるごとは酷なのではと思って、土方さんの了承を得てうさぎさんのかたちに型抜きを……」
「なら食べます! なまえさんのうさぎ!」
「型抜きしただけですよ」
「……しょっぱ……辛い……」
「……沖田さんは甘い沢庵のほうが好きだったんですね」
「でもなまえさんのうさぎさんなので食べます……」
「うさぎさんだろうがりんごさんだろうが沢庵は沢庵の味しかしねぇんだよ」
「その顔でうさぎさんとか言わないでもらえます!?」



「ねえ、君は」
 何もないはずの空間から射出された鎖を間一髪のところで避ける。「あ、」しかし、翻った上着の裾を貫かれてしまった。後方で鎖の先端が壁に突き刺さった音を聞く。上着を脱ぎ捨てることも、力任せに生地を引き破ることもできない。わたしにそんな悠長な時間は与えられていなかった。
 視界の端で、ライムグリーンの長髪が揺れる。黄金の瞳が、きらりと輝いた気がした。白い貫頭衣の袖が揺れる。
 目の前で、無数の鎖が交差する。わたしの上着から伸びている鎖の身を、一本の鎖がくの字を描いて絡めとった。金属同士が擦れ合い嫌な音を立てる。ぐんと強い力で真横に引っ張られ、わたしはそのまま廊下に激しく身体を叩きつけられた。
 ぺたり。ぺたり。裸足が床を叩いて歩く音が聞こえてくる。その足音はだんだんと距離を詰めてゆき、胎児のような格好で伏せ転がっているわたしの背後で止まった。
「教えて。あのクー・フーリンと、どうやって魔力供給をしているの。サーヴァントに必要な魔力は、カルデアから提供されているはずなのに」
 優しい声色が右耳のあたりに落ちる。言葉だけは優しい。行動は、粗暴にも程があった。
 彼は、肩で息をするわたしを、床から出現させた鎖を使って廊下に縫い付ける。全身をぎゅうと締め付けられて、ついに呼吸もままならなくなった。
「っ、はあ、」
「教えて」
「あ、あああっ……!!」
 このまま身を引き裂かれてしまうのではないかと思うほど、その鎖はわたしの身体を強い力で締めあげた。鎖は全身にくまなく巻かれているわけではない。ほんの数本だ。このまま圧迫され続ければ、身体のどこかしらの切断を余儀なくされる程度の。
「痛いね? なら、答えてごらん」
 その言葉のあとに、少しだけ拘束を緩められる。
 これは拷問だ。しかし、ありきたりに縄で締め上げ自白を促すものではない。
 わたしは彼の手の中にある。彼が本気を出せば、一瞬で握り潰されてばらばらになってしまうだろう。彼がそれをしないのは、わたしが彼にとって有力な情報を持っているから。
 問われている内容はごく簡単なものだった。しかし、答えようにもうまく言葉が出てこなくて、唇から出るものはすべて、痛みを訴える言葉に変わってしまう。
「どうして、あの、クー・フーリン……オルタからは……君の魔力の匂いしかしないのだろう」
 緩められていた鎖が、唐突にわたしの身体を締めあげた。「ああッ、あ、……っ!」わたしの骨がどこまでの力に耐えられるかなんて、わたしだって知らないのに。皮膚に鎖が食い込む。鎖のかたちが分かる。この身体は、あとどれくらいの痛みに耐えられるんだろう。この肉が別たれる前に、彼が求めている答えを提示してあげれば良いだけの話なのに。
「僕も、カルデアから提供されている魔力を遮断すれば、」
 耳殻に、冷たい指先が触れる。体温など微塵も感じられない。
「ほかの魔術師から、魔力を貰えるんだろうか」
 彼の声色が、甘いものに変わる。
「ああ、欲しいのは、君の魔力ではないのだけれど」一瞬にして、氷のように冷たい声がわたしの耳を刺した。首筋のあたりに彼の髪が擦れてちくりとする。でも、今は肉に食い込む鎖の縄のほうがずっと痛い。
 頭の中がぐるぐるする。魔力供給に関する説明は簡潔にしたほうがいいのだろうか。それとも事細かく伝えたほうが、彼が納得してわたしを解放する時間も早まるのだろうか。
「あれ、エルキドゥさん?」
 パンプスの踵を打ち鳴らす音がして、意識をそっちに持っていかれる。
 彼の、またさらに後方から。聞き慣れた声がした。
 身体中が痛みから解放される。彼が鎖の拘束を解いたのだ。
 その声の持ち主は、わたしの同期であるなまえのもので。「ああ、なんだか、この子が倒れているようだったから、声をかけてあげていたんだ」先ほどまでわたしを痛めつけていた彼の唇から、そんな言葉が飛び出るものだから。
 腕でも振り上げてやろうと思っていたのに。
「大丈夫?」
 彼は、心配そうな声をわたしに投げつけてきた。
 身体が、床に張り付いたように動かない。服と床の接着面に、鎖を通して繋がれている。鎖に引っ張られ、妙な皺をつくっている服の裾を睨む。とんだ三文芝居に付き合わなければないのが悔しくて、唇を噛んだ。
「大丈夫、です」
「そう」
 頭をそっと撫でられて、背筋が凍った。無言のまま脅されているようで、喉がひりつく。肌に触れている鎖の感覚が消える。
 ああ、これはどう考えても。
「起きられる? 肩貸そうか?」
「大丈夫……起きられるよ。転んだだけ」
「この跡、何? 線? がたくさん付いてる……」
「さっき資料室を漁ってたから、そのときに付いちゃったのかな」
 ははは、なんて笑いながら、自由になった身体を起こした。ちらりと彼のほうを見やると、眉間に皺を寄せながらわたしのことを睨みつけていた。
 彼女に今までのことを言うな、ということだろう。睨みつけたいのはこっちなのに。しかし、先ほどまで彼から受けていた痛みを思い出すと、その視線に逆らうことができなくなる。
「あれ、上着におっきい穴空いてる……」
「あ」思わず声が出る。
「ここにも……なんか変なところにたくさん穴空いてるよ」
 なまえの隣にいる彼に空けられたんだよ、なんて、口が裂けても言えなくて。どうやって言い訳をしようか悩むのもなんだか面倒になり、急用を思い出したふりをして、慌ててその場を去った。
 彼の、嫉妬と羨望を詰めたような眼差しに、わたしは耐えることができなかったのだ。なまえが傍に寄って来たときの、あの、少しだけ嬉しがったような声と言ったら。
 途端に気恥ずかしくなってしまって、頬に熱が溜まるのを感じる。そのままあてもなく走っていたら、今度こそ何もないところで転んだ。



「なんか楽しそうですね、いいことありました?」
「マスターに毛布かけて寝かしつけてきた」
「そうですか」
「……何?」
「わたしには何もないんだなーって」
「はぁ〜!? 嫉妬!?」
「はあ〜!? そんなわけないでしょう!!」
「ひぇええぇ……は、はぁあ……」
「なんですか!」
「いやだって……ひえぇえ……」
「わたしがうたた寝こいてるときは邪魔してくるのに!」
「おねえさんはマスターじゃないだろ!」
「わたしだって魔術師なんです! サーヴァントと契約してしまえばマスターの一員ですよ! ただ機会がないだけで! レイシフト適正もないので何の役にも立ちませんが!」
「機会があったらするのか!?」
「しますとも!」
「アンタみたいなへなちょこ魔術師にマスターなんざ務まるかよ!」
「言いましたね!!」
「言った!!」
「……! 言い返せないんです!」
「…………あー、もー、本当にそういうとこ、あー……」
「なんですか!」
「あぁぁ……」
「なんなんですか!!」

「おねえさん機嫌良さそうだなぁ、何かあったのかい?」
「さっき仮眠してたんですけど、ふふふ、けーかさんに添い寝してもらったんです〜」
「はぁああ!?」
「羨ましいでしょう、ふはは」
「まッ……添い寝って添い寝だろ? 寝ただけだろ? こう、睡眠を……」
「他に何するんですか」
「いや……」
「……はあ〜!? 何変なこと考えてるんです!? アホなんですか!」
「俺はまだ何も言ってない。先読みして反応するとか本当にスケベだな! 先読みスケベ!」
「先読みスケベ!?」



 そのかさついた下唇に、舌を這わせて。上唇を食んで、吸って。抵抗するように下がりかけた顎を掬いとり、また噛みつく。蜜の溜まった溝に舌先を滑り込ませ、なまえの口腔を侵してゆく。
 彼女の口の端から溢れた蜜は、滴り落ちる前に舐めとった。皮膚を吸い上げ、わざと音を立てる。するとなまえは恥じらいを隠しきれないようすで、私の腕を強く掴む。引き寄せ、ほどよく肉の実った太腿の間に自分の脚を捻じ込んだ。寝具が軋む。股座になまえの柔らかい尻が当たって、思わず腰が疼く。
 次第に息も上がってゆき、頬を桃色に染め上げたなまえは、懇願するように私の腕を引いて、熱を含んだ吐息を漏らした。
 アルジュナ、と。敬称のひとつもなく。また、酷く気安く、私の名を口にする。「はい」返事をする。「もう一度」私の名を呼ぶその声がたまらなくて、胸の奥が痒くなる。いじらしい表情が愛おしくて、腕の中に閉じ込めておきたくなってしまう。
 しかし、爪を立てて胸を掻き毟ることも、この腕が彼女の身体に絡みつくこともない。獣に成り下がるにはまだ早すぎるのだ。まだ楽しめる。貪り食うことばかりが快楽ではない。
 なまえは悩ましい瞳で、私の首のあたりを眺めている。少し唸ってから、「アルジュナ、さん、」と、身体を昂らせている私の期待を、いとも容易く裏切った。
 黙り込む。それは必要のないものだ。無駄にも程があるものだ。私の名を飾るに相応しくないものだ。
 なまえのうるむ瞳に視線を突き刺す。びくりと肩を跳ね上げたなまえは、急いで唇をふやけさせた。
「ア、る、ジュナ……」
「はい。何か?」
 舌を這わせたくなるほどに涙液を含んだ眼球。それを隠そうとする彼女の前髪を掻き分け、ぼやけた瞳をジッと見つめる。
 許されるのならば、口に含みたい。なまえの、内から溢るる塩辛い蜜。頬を伝うその水を飲み干してしまいたい。目玉の収まっている眼窩のかたちを想像する。口の中が粘つく。口に含みたい。瞼を吸い上げて、その薄い肉をめくり返してやりたい。睫毛の先まで丹念にしゃぶりつくして、それから、「あの、」粘膜のふちに歯を。
「ここ……」
 なまえが身じろぐ。腰の中心にぴりりとした痛みを感じ、視線を降ろした。
「熱い、です……」
 そこが、脈打つのを感じる。なまえの股に押し込まれた己自身が、解放を求めている。
 私は立ち上がっている肉欲を自覚するなり、もう隠しきれまい、と観念してなまえを抱き寄せた。「ひっ!」なまえが腰を跳ねさせる。下穿きの生地が擦れ、軽い快楽を私に押し付けた。
 名を呼ぶ。返事をされる。心臓の鼓動がやけにうるさい。
 身体が熱い。吐き出したい。この微熱が永続するものであればいい。彼女のスカートに隠された部分はほんのりと熱を持ち、私の身を、心を、奮い立たせた。

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