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(GOGO二号さんの設定)
(真名バレ回避のため「新宿のアサシン」と書きましたが、正確には新宿シナリオに登場するアサシンくんではありません、ごめんなさい)




 見ろ。俺を見ろ。俺の目を見ろ。
 翻れ。振り返れ。首をこちらへ捻りあげろ。
 俺の居る場所がおまえの正面だ。
 なまえは首筋にぬるりと何かが這い寄る感覚を受けて、咄嗟に振り返った。目線の先には、暗い瞳でこちらを見つめているアサシンがいる。
 なまえの心臓が胸の裏で激しく吠えた。さっきまで居なかったのに。ぽつりと零したなまえの言葉を、アサシンの耳は一句も漏らさず拾い上げていた。
「俺がいると、何か都合の悪いことでもあるのかい?」
 狐のように目を細くして笑う彼は、くつくつと意地悪そうに喉を鳴らしている。
 なまえは眉間に皺を寄せ、相手をしてはいられない、と正面のモニターに向き直り、画面に表示されている白い字を目で追い始める。
 俺の居る場所が、おまえの正面だ。
 一瞬、そんな文章が見えた気がして、なまえは肩を跳ねさせた。
 ずるりと、彼女の背後に闇が忍び寄る。白い首筋が粟立つ。
 黒い手はなまえの肩を掴むと、強い力でその身体をめくり返した。ばきり。凝り固まった細い肩が鳴る。
「いっ……」
「何か隠してる?」
 笑いも悲しみも無い表情が、アサシンの顔に貼り付けられていた。「ねえ」なまえは肩を掴む手を払おうとしたが、よほど背後にある精密機械に傷をつけたくないのか、暴れようとはしない。アサシンの手甲に包まれた指先を掴んで、そのままだ。
「言いがかりですよ」
「うん」
 なまえは眉をひそめた。何を言っているんだろう、この人は。自分が言いがかりをつけていることを自覚しているのか。なまえの頭の中は処理しきれない情報で山積みになった。
 アサシンの手のひらが、なまえの肩をゆるやかに滑る。冷や汗の乗った白い首を這い、やがて耳元へ到達する。「ひッ……」左耳にひやりとした鉄の感触を受けて、なまえは思わず声をあげた。彼の右手から逃げ出そうと首をくねらせたが、そんなものはアサシンにとって適当な発奮材料にしかならなかった。
「なまえ?」
 なまえのものでも、アサシンものでもない声がその場に響く。
 己を呼ぶ声のほうへ向けて、なまえは首を勢いよく捻った。凝っていた肩の骨がばきりと音を立てる。アサシンも咄嗟になまえから手を離し、横を向く。
「あ、ごめん。邪魔だったかな」
 なまえは、自分の名を呼んだ人間が男のカルデア職員だということがわかると、ホッとしたような表情を見せた。アサシンはと云えば、小さく唇を尖らせて眉の根をぴくりとさせている。
「交代?」なまえが男に向かって聞く。
「うん。少し早いけど、お昼でも食べてきなよ」
「ありがとう。助かる。ちょうどライダークラスのNP獲得量の比較が終わったところだから、残りをお願い。あ、でもさっき、新しいキャスターのサーヴァントが召喚されたから……」
 なまえは男と一緒にモニターを見ながら各処を指差し、お互いに頷き合って指示を確認し始める。指示が終わると、なまえは適当に手荷物をまとめながら上着の襟を直した。
「今日は食堂で、パンがビュッフェスタイルで楽しめるそうだよ」
「本当!? わたしの好きなやつはあった?」
「んー……見てないかも」
「そっか……ありがとう。あとで行ってみる。お疲れさま」
「うん、おつかれさま」
 会話を終え、なまえはくるりと振り返る。「……う」数歩先には、暇そうな顔で首をもたげ、なまえを見つめているアサシンがいた。その瞳の色は、先ほどと同じように暗い。
 交代の人間が来たことで、そちらへの対応にかかりきりになってしまっていた。なまえはどうにかして彼の機嫌を直そうと、少し俯いて歩きながら、頭をフル回転させる。
 アサシンとすれ違う寸前のところで、「食事でも?」やっとの思いで出てきた言葉がそれだった。
「サーヴァントは腹減らないから」
 アサシンはその提案を重たい声で切り捨てた。なまえは反応速度から推測して、彼が相当頭に来ていることを悟る。普段ならば明るい肯定の言葉が返ってくるはずなのだ。
 長い黒髪が揺れる。光に濡れた黒い糸。それを束ねている髪飾りが彼の背中で煌めいた。
「なまえは、腹減ってる?」
 びくりとなまえの肩が跳ねる。
 彼がなまえの名を口にしたからだ。アサシンの口からその名が出てくることはめったにない。寧ろこれが初のことだったかもしれない。
 彼の顔が少し赤くなっていることに気がついたなまえは、困惑しながらも、返事をしなければと口を開閉する。黙っていても怒りを鎮められる訳がない。なまえは必死になって、二つの選択肢のうち、一つを選んだ。
「減ってます、ね」
「じゃあメシ行こう!」
 暗く陰っていた顔に、パッと明かりが灯る。アサシンは白い歯を見せながら子供のように笑い、なまえの進行方向へ向かって歩き出した。どうやら、なまえの選択に間違いはなかったようだ。
 なまえはアサシンの背中を追って小走りになり、やがて追いつくと、お互いに歩幅を合わせながら管制室の扉へ向かって行った。
「今日はマスターが本相手に俺を選出しやがってさ。ああ、本ってのはキャスタークラスのことな!」
「は、はい」
「結局、途中までは前にいた狂王サマに殴ってもらったんだが、なんとボスがでっかいドラゴン!」
「あ、それならアサシンさんが有利ですね」
「でもなぁ、マスターがなかなか俺に指示をくれなくてなー」
「ふふ、」
 なまえはその笑顔の裏で、心臓が飛び出そうなほど不安になっていた。あれだけ怒ったような口振りをしていたのに、すぐさま彼の機嫌が直ったのは何故なのか。そもそも見せかけだけで、実際は普段の彼となんら変わりなかったのでは。
「おねえさんはパンだと何が好きなんだ?」ころころと話題が変わる。
「えっ……あんパン……とか」
「ふつーだなー」
 今度は名前で呼ばれなかった。なまえはまた混乱して、一昨日食べたパンの名前を口にした。あまりにも不自然な言い方だったが、アサシンは気にしていないようだった。
「あんパン、たくさんあるといいなぁ」
 振り向きざまに、アサシンが微笑んだ。
 腹は減らないと言っていたサーヴァントが、腹の減っているなまえを気にかけただけだ。それでも、なまえはアサシンの何気ない言葉に嬉しくなって、「はい」と笑顔を返す。
 アサシンはそれを見るなり、今まででいちばん上機嫌そうに目を細めるのだった。

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