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「ちんぽ出してください」
「は?」
「だから、ちんぽを出してください」

 狼狽える当主の顔を見つめながら、女は悪びれる様子もなく「ちんぽ、出してくださいよ」と言った。
 赤ら顔であるところを見るに、酒に酔っているのだと判断するのが妥当だろう。実際に卓の上には気品のあるビイドロのお猪口が座っている。小さな盃には少量ではあるがまだ酒が残っていて、女の飲みかけのようだった。
 つまり、女は一口分の酒も飲めていない、舌先を出してちょろっと酒の表面を舐めた程度ですっかりこの調子なのである。

「ちんぽです、ちーんーぽ! ちんぽ出してください」
「遠慮いたします」
「はあ? ちんぽの一本や二本出せるでしょう」
「私は蛇ではありません」
「オロバシノミコトが聞いて呆れますよ」
「水を飲んで落ち着いてください」
「いいからちんぽです。ちんぽ出してください」
「水を飲みなさい」

 器いっぱいに注がれた水を見て、女が文句を垂れる。「多すぎです。綾人さんがちんぽを出してくれたら飲みます」「出しません」「それでも男ですか?」「水を飲めと言っています、聞こえませんか」当主の口調が強くなる。互いに冗談を言っているようでもない。

「ちんぽ! ちんぽが見たいです」
「……はぁ。それが何を指すかご存知なのですね」
「はい。綾人さんのちんぽが見たいです。今すぐです!」
「見てどうするのです」
「少しだけ触りたいです」
「少しだけですか?」
「はい、少しだけ」

 彼は卓の上に肘をついた。両手の指を交差させ、作られた指の橋の上に顎を乗せる。

「最後までしてください」

 冷ややかな口ぶりである。

「最後とは」
「射精です。触るだけなどという中途半端な愛撫は認めません」
「触りたいだけなのに」
「その気になってしまった場合の責任をとっていただく約束が無事交わされるのであれば、私は一向に構いませんよ」
「でも別に、綾人さんがしゃせーしているところは見たくないのです」
「見たい見たくないの問題ではありません」
「ううー」

 女ははしたなく足を投げ出して、勢い余ってその場に寝転んだ。「ちんぽ……」「水を飲むか、私で遊ぶか、どちらか選んでください」「……」ぼんやりとしたまなこが天井を見つめる。ふうと吐かれた息は酒気を帯びている。頬は赤らみ、瞼は落ちかけ、意識は混濁して、しかし凛とした声で言う。

「綾人さんのを飲むのはだめですか?」

 起き上がり、軽く首を傾げながら、女はそう問うた。

「……だめではありません。ただ、飲むのは水からです」
「液体ですよ。かわりませんよ」
「変わります。いいから水を飲んでください。今後貴女にお酒を提供することは無いようにします」
「ええっ、そんなあ」
「当然のことです」

 彼は卓の上にあるお猪口と盃を掻き集め、盆の上へと片付けた。「まだ飲みきってないのに」「飲んですらいないでしょう」「ちょっと飲みました、ちょっと」「舐めたと言うのです、それは」呆れた声ではあるが、女の新たな一面を見ることができた彼は、実に愉快な気分であるのか、女が暴れる様子を見ながら自分だけこっそりと酒を飲んだ。

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