SSS | ナノ


「もうすぐ君の誕生日だろう、何か欲しいものがあれば贈るよ」
「……旅行に行きたいです、モンドとか……」
「モンドか、少し遠いな。観光プランによって宿泊日数も変わるだろうから、後で一緒に観光ガイドを見よう。一人旅は心配だが、モンドは比較的治安の良い国だ。海を渡られて消息が不明になるより良い」
「……アルハイゼンさんは一緒に来てくれないんですか」
「え?」
「お仕事忙しいですもんね、」
「いや……、……二人で?」
「一人で行きたかったら一人で行きたいって言ってます」
「……うん」
「大きい図書館とか……あるみたいなので、アルハイゼンさんも興味あるかなって……」
「……うん、」


「ニィロウ……アルハイゼンさん、あんまり乗り気じゃなかったよ、」
「ええっ!? そんなあ。アルハイゼンさんって、あんまり旅行とか好きじゃないのかな? なまえが誘ったら、絶対に一緒に行くって言い出すと思ったのに……」
「最初から、わたしが一人で行く前提で話を進めていたし……」
「それもアルハイゼンさんなりの気遣いだよ、きっとそうだよ!」
「図書館の話もしたんだけど、考えておくよ、って言われちゃって、」
「うん」
「わたし、何かだめだったのかな。変な言い方しちゃったのかも。やっぱり、今年の誕生日もニィロウと一緒にいたいよ」
「だ、だめ!」
「なんで……!?」
「そんな、だって、私がアルハイゼンさんにやきもち妬かれちゃうよ、」
「……そんな人じゃないよ」
「(そんな人だったときが一番怖いんだから!)でも、でもだよ? 恋人の誕生日だよ? 初めからお祝いしてあげたいって思ってたみたいだし、先に話をふってきたのは、アルハイゼンさんなんだから、絶対にお祝いしたい気持ちはあったと思う! それで、なまえがすぐに答えたから、アルハイゼンさんもびっくりしたんだと思う……!」
「そうなのかな、」
「そうだよ! なまえはちょっと後ろ向きすぎるよ」
「だって、アルハイゼンさんの考えてること、よくわからないし……怖いし……。本当は、わたしの誕生日なんか一緒に祝いたいとすら思ってなくて、だから旅行に行きたいて言ったときも、一人で行かせようとしたんだよ……」
「ぜーったい違う! 絶対違うから!」
「でも……」
「アルハイゼンさんは、なまえのことが本当に大好きなんだと思う……!」
「……そうかな、」
「うん。私の言ってること、信用できない?」
「えっ、ううん。ニィロウの言うことなら、信じるよ……」
「じゃあ、アルハイゼンさんのことも、もっと信じてあげて」
「……頑張るよ」
「うん! じゃあ、また進展あったら教えてね。そうだ、次の公演のチケット、まだなまえに渡してなかったね。……はい!」
「……二回分? 周期でキャストが違うの……?」
「違うよ。なまえの分と、アルハイゼンさんの分! 絶対一緒に来てね!」


「……、あ、」
「……随分と遅いご帰宅だな。玄関の鍵を閉め忘れただろう。開いていた」
「あ……ごめんなさい……」
「家の中に居たのが俺じゃなかったらどうするつもりだったんだ?」
「でも……アルハイゼンさんくらいしか、来ないですし……」
「君を狙う暴漢が部屋に忍び込んでいたらどうする?」
「そのときは、アルハイゼンさんがやっつけてくれると思います……」
「……そうだな」
「はい、」
「問題は俺がこの家を訪ねることなく、部屋に誰かが侵入していたときの話だ」
「それは……大きな声で人を呼びます、ん"……!」
「先に口を塞がれたらどうする?」
「ん……! ん……!」
「こうやって壁に追いやられたら、君がどれだけ細いと言っても逃げられないだろう」
「ん"う……!」
「家から出るときは、鍵をしっかり閉めたことを確認して……、な、っ、」
「う"、うぅ……! う"わぁぁ……!」
「違っ、すまない、……泣かないでくれ、」
「やだ、こ、こわい、はなして……」
「すまない、なまえ、ああ、そうじゃない……、俺が言いたいのは、もっと警戒心を、」
「やだ……!!」
「……、」
「こ、来ないで、いや、帰って、帰ってください……!」
「なまえ、」
「あっち行って……!」
「……、すまない、」
「なんで、離して、う、っ、ううっ、やだ、痛い、」
「…………君の行動を責めるような言い方になってしまった。すまない」
「うっ、うっ……」
「鍵もかけず、不用心で……そんなに急いでいたのか、誰に会いに行ったのか……一度考え始めたら、気が気ではなくなってしまった。ほんの少しだけ、君を疑ってしまったんだ。自分が何をしでかすかわからなくなるくらい焦燥に駆られて……」
「え……やだ、何、怖い、やだ、嫌です、」
「どうしてそう否定的なことしか言わないんだ? 本当に……誰か、俺に言えないような関係の男でもいるのか」
「なんで、いません、いません、」
「今日は誰に会いに行ったんだ、あの裏方の少年か。振付師か。君に好意を向けている客のうちの一人か」
「ニィロウ、ニィロウです、ニィロウと会ってました、」
「ああ、最近よく会っているな……会う頻度が高すぎると思っていたんだ。俺には言えない相談でもしているのか? 何を話した? どこで待ち合わせを? 店では、何を頼んだんだ。領収書は? 本当に相手はニィロウなのか」
「やだ、アルハイゼンさん、やめて、ください」
「答えてくれ」
「……、……やだ……、なんで……」
「例え相手が同性でも、俺が知っている相手でも……心配なんだ」
「そんなの、わたしの心配じゃないです、」
「何?」
「ア、アルハイゼンさんが、安心したいからでしょう」
「……ああ、」
「別に心配なんかしなくても、よくないですか。どうせここに帰ってくるんだから……」
「……それは、そうかもしれないが。……ふふ、」
「なんですか、」
「いや、なんでもないよ」
「もうわたし、一人で歩けますし、リハビリだって、もう付き合ってもらわなくても大丈夫なくらいには回復しています」
「君が怪我をしたらどうする。俺のいないところで怪我をしたら、」
「それは、わたしの責任ですから、アルハイゼンさんが気を負う必要はありません。アルハイゼンさんがそばにいてくれようとするのは嬉しいですけど、正直、怖いです。そこまでされる義理はないです」
「……あるよ。俺は君にもう怪我をしてほしくないし、危険な目にもあってほしくない。君のことが大切なんだ。君の家には君がいる筈なのに、今日はいなかった」
「それは、出かけてたからですよ」
「この家に君がいないと分かった途端、いても立ってもいられなくなった。連れ攫われたかもしれない、自分の足で帰って来れなくなるほどの事件に巻き込まれたんじゃないか……そんなことばかり考えていた」
「考えすぎですよ、」
「俺は、」
「アルハイゼンさんが寂しいからって、わたしを巻き込まないでください」
「……、寂しい?」
「わたしのことが心配って言いながら、何してたとか、誰と一緒にいたとか……自分が寂しいだけじゃないですか。心配してもらえるのは、嬉しいですし、申し訳ないとは思いますけど、わたしが家にいなかったからって、なんでそこまで詮索されないといけないんですか」
「……」
「今日だって、別にアルハイゼンさんが来る日じゃないです。だから出かけてただけなのに、アルハイゼンさんが勝手にここまで来て、わたしがいないからっていろいろ考えて、今度は浮気を疑うんですか。わたしはアルハイゼンさんが家に来る日の予定をずらしたことなんかないのに、アルハイゼンさんが来ない日まで、アルハイゼンさんが来るかもって思いながら過ごさないといけないんですか」
「……そうなってくれたら、嬉しいと思う」
「わたしだって、人付き合いがありますし、やりたいことも、たくさんあるのに」
「俺がいる」
「は?」
「俺がいるだろう。やりたいことは俺とすればいい、行きたいところも、俺と行けばいい」
「何? なんですか? わたしはアルハイゼンさんとしか一緒にいちゃいけないんですか」
「俺だけを頼って、俺だけを見て、俺だけと接すればいいだろう。俺は君の望みのほとんどを叶えられる、どうして俺を頼らないんだ」
「……何言ってるんですか、おかしいですよ、そんなの、わたしだって、友人がいるのに、」
「俺以外の話をしないでくれ、」
「やだ、」
「なまえ、」
「やだ、やめてください、やだ……」
「なまえ、好きだ、」
「やだ、」
「愛してるよ、」
「嫌!! ……別れて、別れてください、嫌です、もう、アルハイゼンさんと一緒にいたくありません」
「……、」
「離して……」
「……嫌だ」
「わたしだって嫌です、こんな自分勝手な人! 触らないで!」
「……別れたくない」
「わたしは別れたいです、嫌です、もう嫌……」
「別れたくない、」
「わたしのことが大事なんじゃないんですか、大切なんじゃないんですか。なんでわたしがいやがることをするんですか」
「別れたくない」
「……やだ……」
「君と俺は別れない、絶対に、」
「……」
「怖がらせてすまなかった、」
「わたしのことを怖がらせたから、別れたいって言ってるわけじゃありません」
「……」
「わたしは元から、アルハイゼンさんのこと嫌いでしたよ」


「……全く、嫌な夢だ」
「夢の中の君って、随分と嫌な男だね。なんだか重いし、距離も近いし、本当に君が暴漢になったような振る舞いをしている。尻尾の毛まで逆立ってきた……」
「近頃、このような夢ばかり見る。視点は俺自身のときもあるし、彼女のときもある」
「今話してた夢の視点は?」
「俺だ」
「どう思った?」
「……何故俺は彼女とこんな無意味な問答をしているのか理解できなかった。俺は彼女にやめろと言われたらやめる」
「別れて欲しいって言われたらそのまま別れるのかい?」
「……彼女がそれを望むなら」
「ふうん? まあ夢の中のことだしね。でも、随分と現実的というか……」
「彼女には彼女の生活スケジュールがある。俺に合わせる道理はないし、無理強いするものでもない」
「でも合わせてもらったら嬉しいだろ」
「……」
「やっぱり、心のどこかで自分に合わせて欲しいと思っているのかもね。夢の中のアルハイゼンのほうが、よっぽど生身の人間らしいかもしれない」
「夢の中で行動している俺の発想が低俗すぎるんだ。それを人らしいと言うなら構わないが」
「君が彼女のためにたくさん頑張ってるのは知ってるし、そこにちょっとだけ欲望が出てしまうのも無理はないんじゃない? ――君、彼女を独り占めにしたいんだろ」
「は?」
「独り占めにしたいんだろ?」
「できるわけがないだろう」
「そう、だから『したい』って欲求が湧くんだ」
「気分が悪い」
「奇遇だね、僕もだよ」
「もう少し論理的な詳説を頼む」
「君みたいなのが一人の女の子を好きになっちゃってる時点でそんなことしたってムダだと思うけど」
「……」
「相手はズバイルシアターの元踊り子。そしてアルハイゼン、君は教令院の人間だろ。そりゃあ警戒されるし、誤解なんか一度でも発生させてみなよ。ずっと拗れたままになる。君が知論派で、理屈屋で、表情も硬くて、圧迫感があって」
「それらは関係あるのか」
「いや、ないよ。ともかく、君が彼女の心の声に耳を傾けないからだ。本音っていうのは口から出るものばかりじゃないだろ」
「口にしなければ――」
「相手は学者じゃない」
「……」
「たまにはさ、彼女から何かされるのを待ってみたら。彼女からしたら、いつも君に振り回されているように感じているのかもしれないよ」
「……そうだろうか。俺が振り回されていると思っていた」
「好きな子に振り回されたら嬉しいタイプならいいんじゃないかな」
「ティナリ、君は」
「何?」
「恋人に振り回されるとどう感じる?」
「心臓が破けるくらい嬉しい。当然だろ」
「……その通りだ」

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -