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「俺の目の色が怖い?」
「……はい」
「……、それに関しては、俺が生まれ持ったものだ。俺にはどうすることもできない」
「分かっています、だから、練習しています」
「練習?」
「アルハイゼンさんと目を合わせる練習です」
「それはどのようなものなんだ?」

 なまえは引き出しから小さな紙を一枚取り出すと、少しだけ照れ臭そうにしながらそれを机の上に置いた。「これを、よく見ています……気が向いたときとかに」練習をしているとのことだったが、特に意欲的ではないらしい。
 アルハイゼンは少しばかり光沢感のあるそれを持ち上げ、表面をまじまじと見た。何の変哲もない写真であるようだが、その中央には己――即ちアルハイゼンが写っていた。
 被写体であるアルハイゼンの視線はこちらに向いているが、どこか驚いたような表情である。少しばかり黙り込んだのち、彼は何かを思い出したかのようにふうと息を吐いて、写真を机の上に置いた。

「旅人から買ったのか」
「も、もらいました」
「ほう?」
「いや、その、わたしがアルハイゼンさんと目を合わせるのが苦手だと相談したら、こっそり撮ったものがあるからこれで練習するといい、と一枚くださって……」
「俺の目を実際に見ればいいだろう」
「……練習したいときにいつでも見られるものではないですから……」

 それもそうか、とアルハイゼンは口元に手をやった。暫く考えるそぶりを見せて、「だが、」と付け加える。

「今は、俺の目を見るといい」

 彼はまっすぐな視線をなまえへと向けた。

「だから今こうやって、練習しているんじゃないですか」

 なまえは伏せかけていた顔を少しだけ上げて、アルハイゼンを見遣る。二秒ほど目を合わせれば、視線はだんだんとアルハイゼンの眉間の辺りへと移り、前髪を通り過ぎて、高く整った鼻、そして薄い唇へと落ち着いた。

「……自主練習の成果は?」
「……、……あまり」
「実物で練習をしたほうが良い。レッスンとリハーサルでは質も変わる」
「そこは、わたしのペースでやります」
「うん。俺は君の家に来たときであればいつでも付き合うから、好きなタイミングで目を合わせるといい」

 なまえは承諾したが、その日はアルハイゼンの帰り際になるまで彼と目を合わせようとはしなかった。アルハイゼンを玄関まで送るときも、ずっと彼のヘッドホンのコードを眺めていた。

「今日は、ありがとうございました」
「……」
「あの、」
「見て」

 アルハイゼンはなまえの目の前に人差し指を立てる。「そのまま見つめて」なまえは、言われた通りにした。人の指の腹であれば見つめていることができた。
 しなやかな指がだんだんと移動していったかと思うと、すうっと、アルハイゼンの目元に指先が差し掛かる。優しげな目元が現れる。

「お疲れさま。三日後、また」

 アルハイゼンはなまえと見つめあったままそう言うと、続けて、「おやすみ」と言って扉を閉めた。その場に立ち尽くしたなまえは顔を小さな手で覆って、暫く浅い呼吸を繰り返していた。

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