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(蛇蝎設定です)(どっちがお相手かわからなくなってしまったのですが、一応どっちもお相手? ダブルヒロインみたいな感じです)





 見た。見てしまった。僕は見てしまった。その屈強な体に死棘を纏うクー・フーリン――所謂、反転オルタ化したクランの猛犬のことだ――が、カルデアの廊下で女性職員と、火塵を撒き散らすような熱い口付けをしているところを。
 咄嗟に身を隠してしまったのは何故だろう。僕には彼らの行いが理解出来なかった。そのときばかりは、演算に時間がかかっただけだと思いたかった。いつまで経っても出ない解に、胸のあたりがぞわぞわとする。エラーコードすら不明の案件だった。
 答えが知りたい! “何故彼らはあんなことをしている?”分からない。愛し合っているから? 果たしてそれは本当に? 経験からなる仮説を元に演算を開始する。あらゆる感覚から手に入れた情報すべてを解析して、納得のいく答えが出るまで綿密に計算すべきだ。自身の情報処理能力が著しく低下していることに気が付いたのは、己の左胸を強く押さえてから間もなくのことだった。
 彼女の矮躯を抱き寄せ、彼は上から口付けの豪雨をもたらした。それはあまりにも性急で、獣が肉を食らう様と酷似していた。唸り声を上げながら彼女の唇を貪るすがたは滑稽とも思えたが、何よりも、ヒトらしかった。求めるままに喰らう。あれは口で口を嬲る、極めて簡単に行える凌辱にも思えた。
 そんな行為に、僕は、どうして惹かれてしまうのか。理解が追い付かない。観葉植物の影に隠れ、一人と一騎が口元で繋がる様子を注視する。
 この泥の身が火照るのは何故だ? 何も熱暴走を起こすほどのことじゃない。この眼に映し出されているモノは、僕の処理が追い付かないほど膨大で複雑なデータ量で構成されているのか?
 僕の頭が答えを弾き出すことはなかった。解に辿り着く前にエラーを起こして、そこでぷつりと計算が途絶えてしまう。再計算するだけ無駄のようで、遂には思考を放棄するまでに至った。
 なんてことだ。兵器であるこの僕に有るまじき現象に、回路が焼き切れそうになる。頬が熱い。何故。僕は一体、どうなってしまったと云うんだ。
「舌」
 ポツリと聞こえてきた声に、咄嗟に耳を傾ける。舌、と彼は言ったのだ。それがどのような意味を孕んでいるかなど、瞬時に推測出来た。
 小さな唇の間から、赤い舌がちろりと頭を出す。おずおずと恥ずかしそうに首を伸ばす彼女の姿はひどくいじらしい。
 彼はその舌を己の舌先ですくい上げ、粘ついた唾液の感触を確かめるように、ゆるく微笑んだ。そして、「……っ!」濡れた唇に喰らいついた。彼女が漏らしかけた悲鳴すらも、彼はあの大きな口の中に収めてしまった。
 肉を、引き摺り出す音とでも言えば良いのだろうか。それとも、はらわたを捏ねる音? 脳がこぼれる音? 酷く粘着質で、躰の芯が熱くなる音だった。彼らの舌が重なり合うたびに、耳がノイズを拾う。ぐちゅり。眼球が潰れた音か。いや、見たままで良いとするならば。お互いの舌先を愛撫する音と、そう言えば良いのか。
 衣擦れの音がやけに耳に残る。息を殺して見入ってしまう。なぜ。どうして。この瞳に宿ったのは羨みのそれか。僕は一体何を羨望していると云うのだろう。一体何を。誰と何をすることを、望んでいると云うのか。
 彼に引き寄せられ、足のつま先を震わせている彼女には、毛の先程も興味が湧かない。僕は彼女の名前すら知らないのだ。あの女性には興味がない。
 もし、彼女が。声一つで僕の心を躍らせる、あの人であったとしたならば。僕の肉体は悋気の炎で瞬く間に灰塵と化すだろう。この鎖に怨恨を乗せ、あの薄汚い魔獣の装甲を今度こそ完膚なきまでに砕こうとするだろう。
 ああ、そうだ。重ねているのだ。彼女に、あの人の姿を。赤い死棘に、僕自身の姿を。似ても似つかぬ二つの影に、自分たちを重ねている。なんと背徳的で、愚かなことだろう。
 胸の奥を抉られたみたいだった。血飛沫こそないものの、僕の後ろに続く影はのっぺりとした濃い灰色をしている。
 彼らは唾のつけあいを済ませたあと、僕に気づくこともなくその場を去った。
「こんなとこでしなくても、」
「人が居ないところならば良いと言ったのはおまえだ」
「良いなんて言ってないです。周りに人がいなくても、シバはカルデア内全域を観測できちゃうんだから……」
「なら、どこでしようが然程変わりはないだろう」
「もう!」
 遠のいていく会話の中に、僕を表す言葉はどこにもない。しかし、あのクー・フーリンが。僕の存在に気が付いていない筈もないのだ。
 ああ、嗚呼! この推測が事実でないことを、今の僕には証明出来ない。表情筋というものが不可解な動作をした。形容しがたいその動きは、僕の心とやらをさらに苦しめた。
 この顔は、この表情は。到底あの人には見せられそうにもない。表情の考察をし合う相手が居なくなった僕は、一人でこの感情と向き合うしか無いのだ。俯いた先にあったものと云えば、床に根を刺し込んだ、僕の白いつま先だけだった。

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